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運用担当部局:広報室広報係

平成22年度学位記・修了証書授与式式辞

長尾学長

 本来なら君たちへのお祝いの言葉から始めるべきかもしれません。しかし,本日のこの卒業式の冒頭に君たちも心を1つにして黙祷したように,現在,わが国は,未曾有の大きな災害に直面しています。1万人を超そうかという死者,2万人に達しようとする安否不明者,そして30万人を超える被災者が報じられています。
 東北地方太平洋沖地震という未曾有の大災害が日本を襲った直後のこの日が,君たちにとってかけがえのない出発(たびだち)の時となりました。

 本日の2011年3月23日は,百年,あるいは何百年に1度という大きな災害を受けた年に行われる卒業式であるという,極めて特別な意味をもっていると思います。
 大震災に直撃された中学校の校長が,卒業生の何人かの命が失われ,しかも卒業式を行っている講堂に避難している人たちがおられる中で,式辞を述べられておられた映像に接し,何とも言えない思いにとらわれました。同じ学校の責任者として,本日の卒業式に当たって,何を言うべきか色々と悩んでいるのですが,日頃考えていることの一端をお話しし,新たな出発に際しての餞の言葉としたいと思います。
 このような状況の中で君たちに送る言葉があるとすれば,それは「危機管理(リスク・マネジメント)」について考えてほしいということです。従来,「リスク・マネジメント」というのは,経済学などで使われてきた用語でした。それは,予測できない,あるいは予測を超えた危機を受けたときにどのように対応していくのかの知恵であり,手段であります。
 しかし,この「リスク・マネジメント」という言葉が世間に広く知られるようになりましたのは,今から16年前のあの阪神・淡路大震災の時だといわれています。本来,経済学などで使われている概念が,わたしたちの日常生活の中でも,予測を超えた悲惨なリスク,クライシスというものに対してどのように対処していくのかということとして広く用いられるようになりました。
 その後,この言葉は様々な分野で用いられるようになりました。それは,単に災害に対する用語としてだけでなく,様々な分野で受け入れられる社会的な素地としてあったということかと思います。つまり,現代の社会は常に危機に直面し,予測し難い危機をたえずはらんでいるという社会状況の変化と軌を一にしてこの考えが定着していったのです。今,21世紀の10年を過ぎ,政治的,経済的,文化的にも予測し難い危機をますますかかえるようになりました。すなわち,リスクやクライシスを無視しては存続できないような社会になっています。

 君たちは,今日,社会に巣立っていきますが,従来のように,大学を出て就職したらその後の人生において平穏無事な生活が保障されているのかというと,それは甘い考えというべきであり,むしろ様々なリスクに遭遇することにあろうかと思います。かつて,大学を卒業し,一旦就職すれば,一生,同じ職場で仕事を続けることができる,つまり終身雇用・年功序列という保障があった時期がありましたが,今やそのような状況は全く影を潜めてしまっています。様々なリスクやクライシスが,君たちの前途に待ちかまえているかもしれません。

合唱する学生

 その様な状況の中で,多くの青年たちは立ちすくんでしまうということがしばしばあります。70万人,80万人と言われる引きこもりの青年たちの社会現象もそのあらわれの1つではないかと思います。それは,ある種,予想されるであろう危機の前で立ちすくむ姿ではないでしょうか。
 現在の社会がそういう多くの危機に直面していると認識するとすれば,その危機をいかにして回避するのか,その危機から受ける被害を最小限にしていくのかということにこそ,知恵は働かされるべきだと思います。そのことを「リスク・マネジメント」と言ってよいと思います。その「リスク・マネジメント」の中で根本になるのは,危機の中で受けるかもしれないダメージをどのようにコントロールするのかということです。つまり,「リスク・マネジメント」の根本は「ダメージ・コントロール」ということにあるといえます。
 予測し得なかった危機の中で,受けるかもしれないというダメージを,どのようにコントロールしていくのかということが,これから生きていく君たちに求められている大きな試練であると思います。危機を回避するというより,その中で生まれてくるダメージをどのくらいコントロールしていくのか,そしてその如何によっては,ダメージそのものを成長の糧にし,そこから新たな力を見出していくのかといったことが問われています。
 その意味で,東北・関東地方を中心としてわが国が蒙っている極めて悲劇的な災害から受けるダメージを最小限にくい止め,新たな再生への力を国民が一体になってどのように生み出していくのかが問われています。卒業していく君たちにとって,この時代と共に今日の卒業式があるということは,社会的にも,君たち一人ひとりにとっても極めて大きな意味をもっていると思います。
 われわれが,いまだ安否が判明しない多くの人々,非常に困難な状況の中で避難生活をする人々とつながり,しっかりとしたダメージ・コントロールのマインドをもちながら,この悲惨な事態に向き合い,ある種の同情とシンパシーと同時に,助け合いと連帯のあり方を模索していくということではないかと思います。そういう意味で,大きな災害の年に行われた極めて意味の深い卒業式に,大阪教育大学が君たちを送り出すことになったということを,しっかりと胸に刻んでほしいと思います。