エッセイ

なわとび1万回への挑戦

小学校の卒業文集に6年間で一番の思い出を書くと、そのほとんどは6年生のときの思い出になります。また、そのうちの半分くらいは修学旅行の思い出になります。でも、自分が6年生以外の学年を担任した子供たちが、卒業文集に自分と過ごした一年のことを書いてくれると、それはそれは「教師冥利に尽きる」思いに浸ることができます。

もうずっと昔、教員になった年に3年生を担任しました。私は一人でもいいから卒業文集にこの一年のことを書いてくれる人がいるよう、何か思い出に残るイベントに取り組みたいと思いました。そこで取り組んだのが、「なわとび一万回への挑戦」でした。冬のなわとび運動月間に私は、「折角だから、みんなで一つの目標に挑戦してみよう。」と呼びかけました。

話し合った結果、誰でもできる前跳びで、クラス合計1万回に挑戦することになりました。ただ一人ずつ順番に前に出て行って、前とびが連続何回できるかを数え、それを合計するだけです。平均すると一人300回以上ですが、運動が苦手な人もいます。

得意でも苦手でも、みんなで励まし合って自己ベストを目指すことが求められます。また、普段はたくさん跳べる人も、すぐにひっかかることがあります。でも、本番では言い訳ややり直しはしないルールです。

私は一度も練習を強制しませんでしたが、子供たちはお互いに「がんばろうね。」と声をかけあって練習していきました。その甲斐あって、練習前の力試しでは5000回程度だった記録が、中間記録会では八千回まで伸びました。しかし、子供たちの心にはそこで油断が生まれたようでした。以前より練習が少なくなり、緊張感もうすらいだように感じました。そして、私の懸念した通り、本番での挑戦は大失敗に終わったのです。八千回にも届かないありさまでした。

このまま失敗で終わって良いものか、私は迷いました。それで結局、もう一度だけ挑戦することにしました。そしてその日を、数日後の授業参観日に決めました。それまでの経過を学級だよりで伝えていたこともあり、当日は寒い体育館に多くの保護者が集まりました。

その見守る中で、最後の挑戦が始まりました。一人ずつ、次から次へと、淡々と前とびが続いていきます。それをみんなが「じっ」と見つめます。

やがてあと一人となりました。が、その時、トータル7716回でした。「だめか」という思いが、みんなの頭の中をかすめました。最後の一人は運動の得意な子供ではありましたが、さすがに何千回も跳ぶことを期待するのは虫がよすぎます。必ずしもハッピーエンドでは終わらないのが、現実世界です。しかし、最後まであきらめてはいけません。私はただ祈るような気持ちでした。

みんなに見守られて、その子は必死に頑張りました。いつひっかかるかと心配する中で、やがて千回突破。そして二千回も突破したのです。あきらめかけていたみんなの顔に、希望の色がさしてきました。二千百…二千二百…そして、ついにトータル一万回は突破されたのでした。体育館に響く万歳の声の中で、私は素直に感動していました。この筋書きのないドラマ、それこそが教育なんだと。

私はその子供たちが卒業する前に、異動して別の学校に移りました。しかし、後でその学年の卒業文集を見せてもらったら、なわとび1万回の思い出を書いている子供がいました。

誇らしく、「教師冥利に尽きる」思いに浸ることができたことを覚えています。