エッセイ

最後の担任

最後の担任。教師ならば必ず訪れるこの瞬間。

若い頃には想像もつかなかったこの瞬間は、いきなりやって来た。というのも、若い頃は教師として将来のことを思い描く明るい未来があったから、その結末は思考の外にあった。新任の教員として中学校に赴任して担任を15年間、その後は学年主任や進路指導主事、教務主任として学校全体に関わる仕事を長く続けていた。それぞれの仕事には生徒の将来に関わる重要性があり、教師としてのやりがいはあると言える。しかし、長く教員生活を続けていると、仕事への惰性感覚が出てくるのも事実である。

そんな中、突然転勤の話がやってきた。転勤先の中学校の校長先生から「担任をお願いします。」と言われて何か新しい予感を感じた。生徒により近い存在になり、惰性感覚を払拭できる嬉しさにつながったのかもしれない。久しぶりの担任。最初は忘れていた仕事の流儀を思い出すのに時間がかかったが、そのうちに生徒や保護者対応にも慣れてきた。担任として順調に毎日を過ごすようになった。

ところが、そのうち不思議な感覚を体験することとなった。というのも、前回の担任をしてから学年主任や進路指導主事、教務主任を経験しているので、あらゆるものを見る目が違って、広い視野から担任の仕事を見ることができるのである。加えて、自分自身も子育てを体験し、親の感覚が手に取るように分かるようになっていたのである。

保護者との面談は若い頃のような必要事項の伝達ではなく、保護者の悩みを聴き、共有し、たとえ悩みを解決できなくても寄り添うことのできる面談に変わった。子育ての先輩としての意見を求められることもあったが、保護者の悩みのほとんどは解決できない場合が多く、むしろ解決できないと考えて相談に乗ることが普通に出来るようになっていた。保護者との面談は、いつしか心と心で話ができる関係になった。これは若い頃にはなかった感覚である。

そのような中、「合唱コンクール」の行事がやって来た。クラス単位で自由に曲を選んで、コンクール当日に全校生徒の前で合唱を披露し、優秀クラスを決定するという恒例の学校行事である。我がクラスの発表曲は「旅立ちの日に」と決まり、クラス全員で割り当てられた時間に、合唱の練習に励むことになった。

各クラスとも練習は真剣そのもの。学級委員や文化委員は練習の進み具合を相談しながら適切なアドバイスをクラス全体に指示する。練習では、パート練習に後ろ向きの生徒とのトラブルも発生する。そんなときは、担任として、お互いの言い分を聞きながら、その悩みを共有する中で解決策を探っていく。若い頃なら、頭ごなしに決めつけるような言い方をしていたであろう。

そんなトラブルがあった後は、不思議なことに、生徒同士で納得して練習に取り組むようになり、いつもより大きい歌声が教室に響いていたことを思い出す。

本番の日、リハーサルを終えて「普段の練習の成果を出せばいいよ」とコメントをして生徒たちを送り出した。緊張しながらも生徒たちは本番でよく頑張り、そして、結果発表。「優秀賞、2年4組。」その瞬間、生徒たちは全員立ち上がって歓声をあげていた。表彰式が終わって、生徒たちと教室で対面した時に、苦しかった練習を思い出して生徒たちがうれし涙を流し、いい歳をした私までも涙を流したことを今でも覚えている。

生徒:「先生、もう一度みんなで歌いたい!」

私:「おう!」

「教師冥利に尽きる」とはこのような瞬間を表現する言葉かもしれない。

 

翌年の人事で校長先生から「学年主任をお願いします」と言われ、教師生活最後の担任は終わった。「教師冥利」とは、与えられた環境の中で、自分自身の自己改革によって、全く違った教職の捉え方になり、そのことで感性を揺さぶられる感動を共有することではないか。それは、自己改革の努力に依存するように感じている。

 

卒業式当日

生徒:「5年後の20歳にもう一度みんなで合唱したい!」

私:「おう!」

 「教師冥利に尽きる」瞬間が再び訪れた。