エッセイ

自らの生き方・学び方を生かせる仕事

教師をめざして勉学されている学生たちへ、もしあなたがまだ自分に自信が持てず、努力をしている途中であるなら、教師という仕事はその努力を実らせてくれる可能性があると伝えたいと思います。

私自身は、教師になりたいか、なりたくないか、自分でも答えが出せないまま教育学部に進みました。高校時代の恩師U先生は、「先生になりたいか分からないのに行くのか?」と私に問い、一冊の教師のキャリアの本をお貸しくださいました。そこには「在学教育施設派遣(日本人学校教員)」という章がありました。教師になって世界の教育に関わることもできるのだと視野が広がりました。しかし、あまり苦労を知らずにきた自分に、子どもや保護者に信頼してもらえる力があるとは思えず、大学時代は社会経験を得るために学外を飛び回っていたと思います。教師一年目は講師をしながら就活も続けました。学校は新米の私に国体イベントや音楽コンクール統括を任せてくださいました。宮沢賢治の「一人読みノート」や「クラス演劇」にものめり込みました。私の指導力不足で苦情を受けた保護者とも腹を割って話ができるようにもなりました。就活と教員の間で迷いましたが、なんの取り得もない自分に一年目から活躍の場が与えられる教員に決めました。

「教師冥利に尽きる」ことは数え切れませんが、一つ目は、クラスのある男子児童が、エキゾチックな風貌からいじめにあっていたことが分かったときの出来事です。複数の状況から、一人の児童が仲間を誘い軽い気持ちで起こしたことが分かりました。心の底からその発端に腹が立ちました。誰の心にも潜んでいる「同じ」が安心とする安易な中傷がきっかけでした。そして、「なぜ、いじめはよくないか。」について全身で伝えました(いじめの背景は複雑でこのような方法が良いとはいえませんが)。人としてやってはならないことがあることを分かってほしいと思いました。

次の日、幾人かの保護者から連絡帳が届きました。ご批判があると思いましたが、「先生が本気で叱ってくださったと子どもから聞きました。先生が分かってくれるからいじめがあっても次は頑張れると言っています。」と書かれていました。それから、いじめが起きにくい学級の在り様に工夫を凝らすようになりました。教師は、自分に自信が持てないことや、つらい気持ちの経験を実らせることができる仕事であると思います。

二つ目は、復職後に担当した小学校6年生の学級で、いじめが起きにくい学級、すなわち、一人ひとりに代わる代わるスポットライトが当たり、個性を認め合える学級をめざして完成させたミュージカル『踊る西遊記』を上演した事です。授業の進度は妨げない約束で、休み時間ごとに幕ごとに練習が進んでいました。4名が脚本を担当し、プロットに行き詰まるとアイデアを皆から募集して出来上がりました。

3月、体育館の舞台で大きな拍手をもらい、「また帰っておいでよ。」と中学校へ送り出しました。前年度に学級が荒れてつらい思いを経験した子どもがいました。「いいクラスにしたい。」という思いを叶える手伝いができたと思います。その翌月より教育委員会付で、小中一貫教育英語を担当することになり、卒業後の彼らには会えていないことが心残りです。

30代の頃、一度退職し、3年間在住したスペインではヨーロッパの教育を目の当たりにし、日本の教育との違いにも衝撃を受けました。帰国後に復職し、国語を英語に代えて思春期の生徒の「第2言語習得理論(SLA)」について、修士・博士と学びました。答えは世界の原著から自分で見つけ、現場連携で実証できたことを社会に還元するようにしています。

現在は、教員養成系大学で、学校長や指導主事を始め、英語教育の未来を担う現職教員大学院生の指導に当たっています。夢を実現しながら、大阪の教育を牽引するベテラン教員の研究をグローバル視点で支えることは、教師冥利に尽きることです。

教師は、何度でも一から学び直し、やり直し、夢を実現できる仕事だと思います。