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運用担当部局:広報室広報係

平成23年度学位記・修了証書授与式式辞

 卒業,おめでとう。本日卒業し,君たちが晴れて社会人としてスタートする門出に当たり,わたしの考えているところを少しばかり話させていただくことにします。
 さて,大学を出て社会人になるということはどういうことでしょうか。いうまでもなく,社会に出て働く人になるということです。では,これから皆さんが船出する現代の社会はどのようなものでしょうか。日本全体で言えば,年齢の若い層が減少し,年齢の高い世代が増えていくという少子高齢化社会に至っています。人口構成で若い層が減少していく一方,世代の高い人たちが増えていくという逆ピラミッド型人口構成になっていくと言われており,少数の若い世代の人たちが,多くの古いジェネレーションを支えなければならなくなっています。そういう社会にあっては,自分の幸せだけを最優先していくことでは,これからの日本の社会をみんなで築き上げていく方向にはつながりません。かつて日本は,自分ひとりの幸せを追求していけば,結果としてみんなの幸せになるという構造をもった社会であったこともありました。しかし,これからは自分の幸せだけを追求することの果てに,みんなのパブリックな幸せがあるという簡単な構造の社会ではなくなっています。個人の幸せの追求が,同時に社会の幸せの追求になるのかどうか,そのことを改めて問いかけてみなければなりません。

長尾学長

自分のことだけを考える。そうすれば幸せになる。そのことが決して許されないという思いは,昨年3月11日の東日本大震災という未曾有の災害を経験した中で,君たちも痛切に感じたのではないでしょうか。わたしは,震災直後に行われた昨年の卒業式の式辞でこのことにふれました。そこでは多くの人々が悲しみや喜びを共有することの大切さを学んだと指摘しました。また,人々とつながり,助け合いと連帯のあり方を模索していくということではないかということも投げかけました。
 人と人とのつながりの大切さを,マスメディア等では,「絆」(きずな)と表現していますが,わたしは,個人的には,絆という表現にはいささかの違和感をもっています。というのは,本来,絆というのは動物をつないでいく綱(つな)という意味もあるからです。そのことの大切さを言うなら,むしろ社会的な連携,協力,そして連帯(ソリダリティー)と呼ぶべきだと考えています。

 それぞれの人が社会的なソリダリティーを大切にしていくことの基本は,個々人が社会のパブリックなものに目を向け,その中で社会的な価値や公平さの実現を図るということではないかと思います。もちろん,社会には様々な人がおり,様々な生活があり,様々な利害の対立があります。しかし,対立する利害の中からパブリックな,社会的な,公共的な利益,幸せ,豊かさというものを探し求めていく力が,これからの社会にとっては特に大きな要請となってくると考えています。

 本学は,教育大学です。教育基本法でうたわれている教育の目的(1条)では「教育は,人格の完成を目指し,平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない」とあります。今少し,具体的に言うならば,その社会の形成者として,対立する利害の中からパブリックな,公共的な価値のあり方を追求していく,という資質が求められているのではないかと思います。昨今は,「平和で民主的な国家」というそばから,従来の「国民国家」といわれるような限定された領域を超えて,「グローバリゼーション」とさかんに言われ,より大きな公共性の中で国家の問題も考えざるを得ないようになっていることは,君たちもよく知っていると思います。

卒業生

 いずれにしましても,学校という場所から文字通り「卒業」して社会の一員となっていく第一歩を今日から踏み出していく君たちに対して,公共的な,パブリックな視点から物事を捉えていくことが大事だと呼びかけたいのです。その中で,君たちが修めた課程や学問,様々な人との出会いを,これからの公共的な価値がますます追求される社会の中で,様々に生かしていってほしい。そうすることによって,本学で学んだことの意味もさらに広がるのではないかと考えています。これから多くの課題を抱えている社会に向かって門出していく君たちに対して,わたしが考えていることの一端を話し,餞(はなむけ)の言葉とします。最後にもう一度,「卒業」おめでとう。