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運用担当部局:広報室広報係

学長対談「教師たちよ、たくましくあれ!」(1/2)

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世界を舞台に活躍する指導者は、いまの日本の教育界をどう見ているのか?
「日本シンクロの母」として幾多のメダリストを生み出した、シンクロナイズドスイミング日本代表コーチの井村雅代氏が栗林澄夫学長と緊急対談! 現代の若者から見える教育の課題について、本音をぶつけ合いました。

栗林 澄夫
大阪教育大学長

【略歴】
富山大学文理学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了、文学博士。研究分野はドイツ近現代文学。平成16年4月から国立大学法人大阪教育大学理事・副学長、平成26年4月から学長に就任。昭和23年生まれ、67歳。

井村 雅代
シンクロナイズドスイミング日本代表コーチ

【略歴】
天理大学卒業。選手時代は日本選手権で二度優勝し、ミュンヘン五輪と同時開催された公開競技に出場。現役引退後は、大阪市の中学校教諭(保健体育科)として教鞭をとりながらシンクロ指導に携わる。昭和53年から日本代表コーチに就任し、昭和60年には「井村シンクロクラブ」を創設。以降、日本、中国、イギリスなど世界各国で代表チームの指導にあたり、幾多のメダリストを生み出した。平成26年から日本代表コーチに復帰し、翌27年、リオデジャネイロ五輪ヘッドコーチ起用が承認される。大阪の教育界との関わりも深く、大阪府教育委員、松原市教育委員長を歴任した。昭和25年生まれ、66歳。

 

日本の若者の変質

栗林 平成21年に、本学開学60周年記念事業でご講演いただきましたが、今回再びご縁によりお会いできたことに感謝します。この間、世界各国の代表チームを指導してさらなる実績を積み重ね、10年ぶりに日本代表コーチに復帰されたわけですが、その時の心境はいかがでしたか?
井村 強い日本を復活させようというその一心でした。わたしが生まれた国、そしてわたしを育ててくれた国ですから、強くなければ面白くない。もう一度日の丸を背負って、選手を連れて国際試合で戦ってみようと決めたのです。シンクロって、日本人の精神に向いている競技だと思うのです。欧米やアフリカの選手に比べて体型には恵まれないし、運動能力も見劣りする、そんな日本人がなぜメダルを獲れるかというと、お互いが心と身体をぴったり合わせるまで粘り強く努力ができるからです。

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栗林 昔から日本人自身が誇りとしているものですね。
井村 逆に言うと、それがなくなったらおしまい。いま若い選手を指導してつくづく感じています。わたしが彼女たちに向けて口を酸っぱくして言っている言葉、何だと思いますか? それは「無理しなさい」ということ。いまの若い子たちは無理をしない。もっと追い込めば可能性を広げられるのに、自分で自分を安く見積もっているのです。寝る間も惜しみ、自分の出せる力をすべて出し切って、さらに無理を重ねて、それでも結果が出ないことってありますよね? でもそれによって原点に立ち返ることができるのです。間違いに気づき、軌道修正できる。力を出し切らずに失敗すると、次はもっと頑張ろうという思考になって、そもそもその軌道が間違っていても気づかないのです。選手の中にはやるべきことはやったと断言する子もいますが、それではそこまでの選手で終わってしまう。可能性の広がりを自ら閉ざしてしまっています。だから、わたしは無理をしなさいと檄を飛ばしているのです。
栗林 日本の若者全体に感じることですが、厳しい鍛錬を積んでいるアスリートであっても、先生の目から見るとそういった甘さを感じるのですね。

井村 心の甘さは態度や表情にも表れてきますから。就任当初は歩き方まで注意していましたよ。更衣室から練習プールに移動するときに、うつむいて、背筋が曲がって、そんな歩き方でどうやって強くなれますか? 挨拶一つにしてもそう。こちらの顔を見ずに、そっぽを向いて挨拶するのです。挨拶って、ただ「おはよう」と言葉を交わすだけじゃなく、その表情で〝元気かな、疲れが残っているかな、何か悩んでいるのかな〞と感じ取れますよね。普段の生活態度から心構えや戦う姿勢を養わなければいけない。だから、その一つひとつを正すよう注意しましたが、彼女たちはその意味にまったく気づいていなかった。でもそれは彼女たちが悪いのではなく、そういった基礎的なことをしっかりと教えてこなかった周りの大人が悪いのです。

 

若者に反映される教育の問題

栗林 社会全体の問題ですね。
井村 そう、子どもは大人の鏡ですから。本当は10歳ぐらいまでに経験しておかないといけないことです。世の中にある規律を、親や教師のような身近にいる大人が叩き込んでおく必要があるのに、それができていない。いまは大人が守りすぎる。優しすぎるのです。
栗林 かつての日本人は、社会全体で守る規律と、それぞれの心の中にある規律、その両方を重んじ、己を戒めることで国全体の秩序が保たれ、ひいては国際社会からも一目置かれてきました。いま、その秩序が崩れつつあることは、われわれ日本人皆が感じていることで、ゆとり教育の影響も、そこには含まれていると思います。わたしは、この教育の意図していたところ、基礎的学力をつけつつ、考える力を養うという考え方はいまでも間違っていないと思います。しかし、実際は甘えを助長するだけに終わり、真にめざすものが実現できなかった。

 

教師に反映される教員養成の問題

井村 教師一人ひとりの資質による部分も大きいと思います。教師を志す学生は、一様にまじめで優等生ですよね。でも教室にはさまざまな生活背景のある子どもたちがいる。当然、勉強嫌いな子だっています。わたしは、学校は勉強する場であるとともに、それを通して嫌なことから目を背けず、向き合う場でもあると思っています。シンクロが、高いステージに上がるために難しい技を会得しないといけないように、子どもたちも苦手な教科を克服し、乗り越えないと成長できません。その乗り越える力をともに育むために教師がいるわけですが、勉強を放棄する子どもたちを説得するだけの言葉を持っていない教師が多すぎます。どうして嫌いなのか、どうしてできないのか、自分は勉強ができたがゆえに、深く理解できていないのです。人を正しい道へと導くことに一律の正しい答えなど存在しません。さまざまな答えを知っておかなければ、子どもたちの反応が自分の答えに当てはまらなかったときに、病んだり、押さえつけたり、悪い方向に進んでしまいます。
栗林 これまで本学を含めた教員養成系大学では教科による専門的知識の習得に重点を置いてきました。しかし、教室の中にはいじめもある、暴力もある。教科書の知識だけでは通用しないと痛感しました。こうした問題に対応するために、本学では実践力の育成に力を注いでいます。改革の一例として、学校での体験実習を一年次からカリキュラムに取り入れ、早くから学校と関わる機会を増やしたり、企業インターンシップに代表される就業体験を奨励したりして、広く世の中を知り、現場で活きる力を養成しています。

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井村 いろんな社会の価値観を知ってほしいですね。懐の深さを身につけるには、学生のうちか
らさまざまな価値観にふれる機会をつくり、心揺さぶる場面に出会うことです。そのためにも、できるだけ学校現場に出る機会をつくり、いろんな経験を与え、生きる力、人間力を身につけさせることが大事ですね。

 

(『天遊』2016年特別号(vol.37)掲載)
※掲載内容は取材当時(平成28年2月)のものです。