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運用担当部局:広報室広報係

学長対談「教師たちよ、たくましくあれ!」(2/2)

世界を舞台に活躍する指導者は、いまの日本の教育界をどう見ているのか?
「日本シンクロの母」として幾多のメダリストを生み出した、シンクロナイズドスイミング日本代表コーチの井村雅代氏が栗林澄夫学長と緊急対談! 現代の若者から見える教育の課題について、本音をぶつけ合いました。

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多様な価値観と言葉を持つ教師となるために

栗林 昨今、新任教師が荒れた学校に配属されることを問題視する声が挙がっていますが、わたしは修行の一環として必要なことだと思っています。もちろん、大学は免許状を与えればそこでお役御免ではありません。教育委員会と連携し、一人前の教師に育て上げる責任があります。特に現職教員研修は、これまでも各地域の教育委員会と連携して進めてきましたし、これからもさらに強化した取り組みを展開していきます。
井村 それも形式的な研修ではなく、本音の研修をお願いしたいですね。わたしが教師だったころは、研修制度はなかったのですが、代わりに先輩の先生がいろんなことを教えてくれました。いまでも忘れられない思い出があって、駆け出しの体育教師だったころ、一人の生徒から「先生は自分の好みのトレーニングウェアを着ているのに、なぜわたしたちは皆おそろいの決まったものを着ないとあかんの」と質されたのです。わたしは、返す言葉が見つかりませんでした。職員室に帰って先輩の先生に相談したところ、「あなたは社会人だから、自由もあればそれに対する責任も負う、指導する側の人間でしょう。対して生徒は指導される立場であり、社会から守られている存在なの。そうであれば、守られているものとしてのルールに従う必要があるし、守ることで得ることもたくさんあるのよ」と教えてもらい、すとんと腑に落ちました。次の授業で自分なりに解釈したその答えを生徒たちに説明すると、皆大きく納得してくれました。日々子どもと向き合っている現場の先生からすればささいな助言も、新任の教師には金言となります。わたしにとって教師時代の8年間はいまの原点であり、命を張って人と向き合うことの大切さを教えてもらいました。あの経験があるから、国際舞台でのしびれる場面にも冷静でいられるのです。

 

教師を志す学生へ

栗林 人の前に立つ者の心得を、本学の学生に向けてご教示くださいませんか。
井村 教師は第一に、子どもの人生を預かっていることを忘れてはいけません。関わる子どもたちの一生に影響を及ぼすことにやりがいを見出すとともに、その重みを感じてほしい。子どもたちの成績や生活態度が悪ければ、それは全部自分が悪いと思うことです。シンクロで選手たちの成績が振るわなかった時、彼女たちの心が動かなかったこと、試合で力を出し切れなかったこと、力不足だったこと、それはすべて私の責任です。教師も、教室を離れて、陰で深く反省できるかどうか、そこが教育者として、そして人として成長できるかの分かれ目です。

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栗林 責任転嫁せず、真正面から子どもと、そして己と向き合うということですね。
井村 そして恥をかくことを恐れないでほしい。大教大の学生は学力が高く、まじめで優秀ですね。半面、そういった子たちはその分プライドも高くなり、恥をかくことを避けてしまう。恥をかかない人間なんていないのに、変なプライドが邪魔してしまうのです。でも恥というのはなかなかいいもので、こんな目に遭いたくない、こんな思いはしたくないと思ったときに人は成長するものです。外へ出て、どんどん恥をかいて、そこからいろんなものを得てほしい。
栗林 わたしも恥の多い人生を送ってきましたが、人間生きていくためには恥を気にかけている余裕なんてありません。
井村 生きるということは苦難の連続ですからね。そして苦難に立ち向かって超えたときの達成感の連続でもあります。若い人にはもっと困難に挑戦する気概を持ってほしい。わたしも一昨年10年ぶりに日本代表コーチとして水泳連盟に復帰しましたが、大手を振って歓迎されたわけではありませんでした。だからこそ、〝よっしゃ、やってやろう〞と発奮し、昨年の世界水泳選手権大会(ロシア・カザン)での4大会ぶりとなるメダル獲得につながりました。それが契機となって大勢が変わり、わたしをトップとして五輪へ挑もうと足並みがそろったのです。学生の皆さんも、自分が必要とされる場所を探すのではなく、どこに行っても必要とされる存在になってください。居場所はつくるものです。なぜそうまでしてわたしがシンクロの現場で闘い続けているかというと、若者に人生で得たものを伝え、未来を託したいからです。その気持ちは若いころのまま、やってやろうという熱意がある限り、心に定年はないのです。

 

教師たちよ、たくましくあれ!

栗林 先生のおっしゃることを、学生たちが教師となって実行できれば、教師全体が、ひいては日本の教育界が生まれ変わるでしょう。
井村 お互いを高めあえば、全体の底上げにつながりますね。いま、選手には日々の目標として、「普通のレベルを上げる」ことを課しています。一例を挙げると、練習で指示を送ったり、注意したりする際は、選手には立ち泳ぎの姿勢を保たせています。プールの水深は3mあるので、浮力がかかり、立ち泳ぎしなくとも沈むことはありません。何時間も練習を重ね、疲労困憊の状態なので、以前は鼻の下まで水に浸かりながら私の話を聞いている姿も見られました。でも、聞く姿勢をつくることも大切なことですから、肩のラインより上は水に浸けないよう義務づけました。それが普通のこととして定着したことで、さらに高い次元を求めてサイクルが廻っていくのです。教育も同じことで、周りに気を配るとか、率先して動くとか、子どもたち一人ひとりの意識を高めて、学級全体のレベルを上げてください。教師が変われば子どもたちが変わる、子どもたちが変わればこの国の未来が変わる。その日まで、教師たちよ、たくましくあれ!
栗林 波乱万丈の人生経験に裏打ちされた金言の数々、本当にありがとうございました。リオデジャネイロ五輪でのご活躍をお祈りしております。

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(『天遊』2016年特別号(vol.37)掲載)
※掲載内容は取材当時(平成28年2月)のものです。