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運用担当部局:広報室広報係

学長対談「いま求められている教育とは、教育者とは」(1/2)

いまの日本はグローバル化の大きな波にもまれ、国内に目を転じれば、少子高齢化、経済の停滞、地方都市の消滅の可能性までが言われる多難な時代を迎えています。
このような状況の中で次の世代を担う教師をどう育成するのか、東京学芸大学の出口利定学長と大阪教育大学の栗林澄夫学長にお聞きしました。

栗林 澄夫(くりばやし すみお)大阪教育大学長
【略歴】
富山大学文理学部文学科独語・独文専攻卒業。
1975年大阪大学大学院文学研究科独語・独文学専攻修士課程修了。1976年大阪大学大学院文学研究科ドイツ語学ドイツ文学専攻博士課程中途退学。大阪教育大学教育学部助手、講師、助教授を経て1997年教授。2002年副学長、2004年理事を歴任し、2014より学長に就任。
専門はドイツ語・ドイツ文学。

出口 利定(でぐち としさだ)東京学芸大学長
【略歴】
東京学芸大学教育学部卒業。
1979年東北大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。東京学芸大学教育学部講師、助教授を経て1997年教授。2004年総合教育科学系長、2008年附属図書館長。副学長。2010年附属国際中等教育学校長。2014年学長に就任。同時に国立の教員養成大学・学部で構成される日本教育大学協会会長にも就任。
専門は聴覚心理学。博士(教育学)。

日本の教育が置かれている厳しい状況、20年遅れた取り組み

東京学芸大学出口学長( 以下・出口):現在の日本の教育現場には、少子化、外国人児童生徒の増加、貧困、教育格差・社会格差の問題などがあり、多様な背景を持った児童生徒たちが集まっている中で、教師はどう対応していけばいいのかという問題があります。多様な背景を持った児童生徒に対応するために時間が分散し、教師が本来なすべき教科の指導になかなか集中できず、疲弊しているという側面があります。
今は知識を教えるだけではなくて、生徒自身が「どうやって自分で生きていくか」という生き方、知識の活用の仕方を教えていかなければなりません。まさに、「羅針盤と航海術」を共に持っているような、自分の判断で生きていける子どもを育てるということが求められていると思っています。
大阪教育大学栗林学長( 以下・栗林): 世界は交流が活発化し、地球が狭くなってきている状況の中で、日本は「国際化」に乗り遅れてきた側面があると考えています。これが、現在のグローバル化に対応していかなければならないという日本中の大きな課題です。
また、日本の内部でも社会は多様化していて、少子化が進む一方で複雑
化し、所得格差が生まれています。社会が非常に複雑化していく中で、学校ももっと早くこの変化に関わってこなくてはいけなかったのですが、少なくともここ20年ぐらいは取り組みを十分に展開してきたとは言えません。それが原因で、学校で大きな問題が生じているのだと思います。子どもたちは社会の中で現実に生きているわけで、その子どもたちが直面している問題、家庭の中で抱えている問題をできるだけくみ取ってサポートするような体制をとっていかなければ、学校教育は円滑に進まないと思うのです。

教科内容の指導を軸にした アクティブラーニングへの転換を

*

栗林:日本の教育のうちで、小中学校の義務教育の部分は非常にレベルが高いと思っています。今問題とされている高大接続の問題や入試の問題は、義務教育のあとの、高等学校と大学の部分において十分な対応がされてきたのか、高校の教育、大学の教育に疑問符が投げかけられていて、それを一貫したものに整備していく必要があるということから高大連携・接続問題が出てきていると考えています。
それともう1つは、私は教科の知識は教育の中では非常に重要な要素だと思っています。ただ、それが生きた形で伝えられなくなっているという危機感を感じています。学会などでも「教科教育学」という言葉が出てきていて、教科教育の内容だけでなく、それを子どもにどう教えるかという「教え方」と一体化することが必要で、これをいかにして学生に教えるかということが問われています。指導要領には何を教えるかは書いてありますが、どのように教えるかまでは書かれていません。知識を伝達する仕方も変わってきているととらえるべきだと思っています。

出口:栗林学長が、「教え方」が重要だということをおっしゃいましたが、今、「アクティブラーニング」が注目されています。次の学習指導要領にも盛り込まれ、従来は教科内容の何を教えるかだけだった指導要領が、教え方・学び方にまで初めて踏み込むことになるでしょう。
アクティブラーニングはまだ日本の学校の授業の中ではしっかりと浸透していません。さらにタブレット端末などのICTを活用したアクティブラーニングの必要性も課題になっています。アクティブラーニングに関しては、高校現場でもこれから多様な取り組みが行われていくと思います。ひとつの事例を示して、すべてその通りにしなければならないというのではなく、それぞれの学校の教師の叡智を集めて自分たちの学校はこういう方向で行くという多様性があってよいと考えています。あくまで児童生徒たちが興味と主体性を持って授業に取り組んでくれることを目的としているわけで、授業時間の長短など考え方もさまざまあるでしょうが、最終的にはどうやって次の学習につなげていけるか、どれだけ能動的に取り組んでくれたかということが大切なのだと思います。

五感で生徒を受け止められる容量の大きな教師を育成したい

出口:現在、ボランティアやインターンシップが推奨され、「とにかく現場を知りなさい」ということで、入学の早い段階から実体験を推奨しています。私も全面的にそれを否定するものではありませんが、まずは大学の教員が学生を手元においてじっくりと語り合い、教師としての基礎知識を培い、基本的な能力を育てることが必要なのではないかと思います。そのためには、教員養成を担う大学の教員は教員としての自覚、力量が重要になってきます。何を学ぶのかが曖昧なまま現場に飛び込み、「子どもたちと触れ合って楽しく過ごしました」ということだけになってしまうことを危惧しています。教師になる学生にとって「教える力」「考えさせる力」というのがすべてのものの基礎になります。学ぶことの楽しさをどうやって児童生徒に教えるかということこそ、教師の力だと思います。
栗林:人間を育てる教師にとって、人間というのは「答えのない対象」なんです。教師の側から計算して何か働きかけを行っても、予測した返事が返ってくることは、まずありえません。そうした中で、子どもたちを育成し、社会に役立つ人材として送り出していかなければなりません。そのためには、子ども自身がしっかりとした判断力を身につけ、知識だけではなくて総合的な力を自分で獲得していけるように育てることが重要なのだと思います。教師というのは、やり甲斐もありますが、責任も重く、また教師自身が子どもたちのさまざまな要求を受け止められる大きな「容量」を持っていなければならないと思っています。

*

出口:子どもの問題に対応するとき、保護者からの情報だけでは問題の本質を見落とし、解決の糸口を掴めない場合が多々あります。子どもにしっかりと向き合い、生活の乱れや保護者の養育態度、生活環境などについて教師自らの「五感」をフルに使って子どもを理解する教師を育てて行きたいと考えています。

 

(フロムページ『教育人会議』2015年秋号掲載)
※掲載内容は取材当時(2015年6月)のものです。