エッセイ

高等学校
2021/01/21
はじめての卒業式の「最後のホームルーム」
 

学園ドラマを観ていると卒業式が感動的に描かれていることが多いようです。もちろんそれは間違いではないのですが、担任には、卒業式が終わった後に「最後のホームルーム」と呼ばれる大事なセレモニーが待っています。私は、卒業式の半年くらい前からこの「最後のホームルーム」のことが気になって気になって仕方ありませんでした。白いチーフはポケットからちょっと覗くくらいにして、この日くらい少しはマシな髪形にして・・・。それより、何を話したら良いのかなぁ、3年間も一緒だった生徒だし(その高校は当時、3年間クラス替えがありませんでした)、教師としてはじめて送り出す卒業生だし、やっぱり一生忘れないような教訓的な名言が要るよな・・・。年が明けてからは四六時中妄想レベルで考え続けていました。 

そして・・・いよいよその時がきました。 

卒業式が終わって体育館を出た瞬間から、頭の中では「最後のホームルーム」のシミュレーションが動き始めていました。みんなが感動して泣きだすくらいの話をする・・・その準備はまさに完璧でした。そんなタイミングで、見覚えのある2年生が私に近づいてきて言いました。その年度の体育祭で我がクラスと縦割りチームを組んだクラスの2年生です。「このまま生物講義室に行ってください。」えぇ?と思ったのは一瞬で、すぐに思い直しました。“だいじょうぶ…場所はどこであれ言うことは変らない”と自分に言いきかせたら、身体が急に硬直してきました。一方、待っている間に緊張感が解れた生徒たちは談笑しています。いつも一言多い女子生徒が「最後くらいビシッと決めてや~」と茶化してきましたが、緊張しすぎて冗談のひとつも返せません。 

さっきの2年生に誘導されて生物講義室のドアを開けたら中は真っ暗でした。大勢の人がいる気配はあるもののぼんやりしています。教壇に立つように言われ、そのとおりにしていたら、パッと電灯がついて一斉にクラッカーが弾けました。クラスの生徒たちも呆気にとられている様子です。壁沿いには保護者がずらっと並び、体育祭で同じ団だった1年生2年生もたくさんいました。 

ただただ圧倒されていると、2年生の一人が長渕剛の「乾杯」歌い出し、すぐに大合唱になりました。 こうなったらもう、ひとたまりもありません。私は「号泣」。生徒も一人残らず泣いていました。歌声が止んで、司会役の2年生が「最後のホームルームをはじめます」と言いましたが、今度は溢れ出る涙で何も見えず、言葉も嗚咽に勝てず、長い沈黙のあと何とか絞り出したのは「ありがとう」の一言だけでした。   

完璧に覚えていたはずの「一生忘れないであろう名言」は無駄になりましたが、一生忘れない「最後のホームルーム」になりました。 

教師冥利に尽きる瞬間があるとすれば、間違いなくこの日のことだと思います。 部屋を出るとき、件の女子生徒が耳元で言いました。「泣きすぎやわ」真っ赤に泣き腫らした彼女の目はにっこり笑っていました。