エッセイ

高等学校
2020/10/06
キセキのクラス

年度初めの始業式の日、 AさんとBさん、2人の生徒が話しかけてきた。「仲の良いクラスが勝つんですよね。」1年生の頃から行事の度に私が言ってきたことだった。「そうだよ。今年は3年生だから、その本当の意味がわかるでしょう。頑張って下さい。」「1年生の時からずっと考えてきたんです。今年はそうなりたいと思います。」これがキセキのクラスの始まりだった。 

5月末の球技大会で男女とも惨敗した日、クラスの有志で決起集会を開いたらしい。「文化祭では全種目の賞状を取ります」Aさんが報告に来てくれた。「劇はCさんが仕切ります。Dさんが主役です。イベントもすごい企画があります。E君から聞いて下さい。」常々、目標が低いことに対して苦言を言ってきたので、ここは応援する他はない。「いいね。期待しとくよ。」私の知らないところでクラスが動き出したようだった。 

数日後、E君がやってきた。「トロッコに乗って、掃除用具入れの上くらいの高さからスタートしてコースに沿って教室を1周するジェットコースター風のアトラクションをやろうと思います。」他校で実施例があり、図面もあるという。初めは全く想像できなかったが、図面を見て全体像がつかめたところで質問してみた。「第1カーブに入るときの速さの見積もりは?コースの中で一番安全に気をつけないといけない場所はどこ?」「この図面の通り作れば大丈夫と聞いたので、考えていませんでした。」「せっかく物理の勉強しているのだから考えて下さい。」その後、E君が出直してきた。「自分の計算結果で判断していいですか。」「他人の言うことより自分を信用した方がいいね。ただし強度には余裕を持たせよう。迷ったら相談に来て下さい。」「計算してみて、図面の意味がわかってきました。」その後、徐々にE君は技術屋の顔になっていった。 

限られた日数で劇とイベント、両方の賞を狙うという壮大な計画は、クラス全員の個性が響き合う中で進行していった。Aさんの前向きな明るさ、Bさんの巧みな気配り、Cさんの演技指導の厳しさ、Dさんの存在感のある演技、E君の計画性と緻密さ。他にも、腕利きの木工職人F君、音響・音楽監督G君、下級生のアイドルH君、最終黒字に導いた名会計Iさん、人望で全体をまとめたJ君、…。それぞれが個性を発揮し、一丸となって劇とイベントに取り組んでいる様子はまぶしかった。生徒が帰った後の教室には木の香りが漂い、ジェットコースター用のパーツと劇用の大道具類が、日々、期待とともに積み上がっていった。 

この年の文化祭も生徒の熱意と努力によって無事に全てのプログラムを終え、閉会式で各部門の賞が発表された。私のクラスは目標通り、劇とイベントのほぼ全ての賞に選ばれた。まさに圧倒的な存在感を学校中に示した瞬間だった。 

LHRで私は生徒に感謝を伝えた。「ありがとう。キセキを見せてもらいました。それもクラス全員で起こしたことが素晴らしい。きっとみんなは社会に出てもキセキを起こせるでしょう。これを自信に、ぜひ社会でキセキを起こして下さい。期待しています。」 
このときの生徒もそろそろ社会人。さて、どんなキセキを起こすのだろうか。