エッセイ

中学校
2020/07/13
合唱コンクール

10月に入り、今年も合唱コンクールの練習が始まった。3年生にとっては中学校生活最後の大イベント。どのクラスも熱が入る。 

我が3年5組の級長はA男。運動も勉強もよくでき、音楽も得意である。合唱コンクールへ向けて、A男のリーダーシップは欠かせない。ところが、練習が始まるとA男の表情が冴えない。練習にも明らかに身が入っていない。生活ノートへの朱書きで奮起を促すと、翌日A男が職員室を尋ねてきた。その表情から、一見して簡単に終わる話ではないことが分かる。相談室でじっくり話を聞くことにした。 

「合唱コンクールに出られません。」A男の口から信じられない言葉が飛び出した。合唱コンクールが行われる土曜日に、ラグビースクールの試合があるという。学校よりもラグビースクール?どう考えても理解できない。「何を言っているんだ!」そう喉から出そうになるのをこらえ、話の続きを聞いた。「小学校3年生からラグビーを始め、7年間同じ仲間と練習してきました。今回が最後の試合です。僕たちのスクールは人数が少なく、試合に参加できるギリギリの人数しかいません。一人でも欠けると、大会規定で試合に参加できなくなります。ずっと一緒に頑張ってきた仲間を裏切ることはできません。」 

私はA男に静かに告げた。「このことは誰にも言ってはいけない。何事もない顔をして、一生懸命合唱の練習をしなさい。」 

合唱コンクールまでの一か月、A男は本当によく頑張った。誰よりも熱心に歌った。前向きに練習に取り組むことのできない一部の生徒に対して、言いにくいことも言い、それがもとで反発されることもあった。A男にとってつらく長い一か月だった。 

合唱コンクール前日の最後の練習。いつものように教室の後ろに合唱隊形に並んだ級友を前に、A男は「僕は明日みんなと一緒に歌えない。今まで黙っていて申し訳ない。許してくれ。」と涙ながらに語った。唖然とする生徒を前に、私はことのいきさつを説明し、A男の労をねぎらって最後の練習を終えた。 

翌日の午前中に行われた合唱コンクールは、見事な歌声だった。誰もが「A男の分まで声を出そう」としていた。昼には「一回戦で負けました。」とさわやかな顔で登校したA男も加わり、いよいよ結果発表と表彰式。しかし、結果は残念ながら銀賞。でも、あの歌声とあの表情。私はもちろん十分に満足、生徒もみな「やりきった」と感じていることだろう。 
 
表彰式後、生徒より一足遅れて教室へ向かった。席に着いて待っている生徒に対し、一か月間の努力をねぎらう話をするつもりで……。ところが、生徒は教室の後ろに合唱隊形に並んでいる。なぜ?いまさら何を?「私たちはどうしても今日、A男君と一緒に歌いたいんです。先生、聴いてください。」 

副級長の声に続いて始まる伴奏。出だしの一声から体が震えた。もう本番は終わっているのに、たった一人の観客に向かって、全身全霊を込めて歌う姿。クラスの全員のために一か月努力し続けた一人と、その一人のために必死になって歌う全員。体の奥底に響くその歌声に、私は涙を止めることができなかった。