エッセイ

小学校
2020/06/01
先生、淡路島一周やで!

小学校の卒業式の明くる朝、6年生担任だった私は、子どもたちと別れた寂しさを抱いて教室に行きました。子どもたちのいない教室は、昨日までのことがなかったかのように静かでした。教室の事務机に座った時です。昨日、送り出した子どもたちが、児童机の下からわっと顔を出したのです。

「先生っ!」

 

5年生を担任していたある年の秋、私に1か月以上になる長期研修がありました。

「先生は茨城県へ行くことになりました。代わりの担任はI先生です。運動会でのみなさんの頑張りを見ることができません。また、秋の遠足も一緒に行くことができません。とても悲しいです。」

子どもたちには、永遠の別れのように、私が留守の間の注意などを話し続けました。ところが、途中から子どもたちが泣き出し、私は引っ込みがつかなくなってしまいました。子どもたちに謝る始末でした。

教員生活の中で、このようなエピソードや子どもたちの活躍ぶりなどに感動することが、随分ありました。学習活動の中で、子どもたちができないことができるようになったり、分からないことが分かるようになったりした時の嬉しさの表情を見ることは、何物にも代えられない教師としての喜びでした。どれも、教師冥利に尽きると実感するものでした。

 

こんなこともありました。

新任で大阪市の小学校に赴任した私は、3年生を担任しました。

サイクリングが趣味の私は、その頃も大阪からツーリング用サイクリング車で六甲山を登ったり、淡路島を一周したりしていました。そのような自転車の小さな旅で見たことなどを、子どもたちによく話しました。

「昨日は、自転車をかついで谷川を登って行ったよ。谷川の岩から岩を飛び渡るセキレイという小鳥と一緒だったよ。」

「淡路島で、波しぶきのトンネルの中を自転車で走り抜けたよ。」

私の話に興味をもち、自分たちも大きくなったらサイクリングに行きたいなあと、男の子たちが言い出しました。

「先生、ぼくらもサイクリングに連れていってぇなぁ。」

「そうやな、みんなが中学生ぐらいになったら、淡路島を一周しよか。」

3年生で担任したその子どもたちは、3年後卒業していきました。

その年の夏を迎える頃、中学生になった何人かの男子が、約束の淡路島一周のサイクリングをしようと言いに来たのです。

「先生、淡路島一周やで!」

あの時の会話など、子どもたちはてっきり忘れているものと思っていたのですが…

夏休みのある日、夜明けとともに、私と一群の中学生が一列になって、大阪から1泊2日の島の旅に出発しました。当時の甲子園フェリーで淡路島に渡り、沼島(ぬしま)という小さな島が眼前にある南淡の村まで快走しました。

夜の浜辺では、波音に一日の疲れをほぐし、みんなで砂浜に寝転がって、満天の星空を見上げました。明くる日も元気に走り、淡路島一周を果たしました。

ただ、絶対に交通事故を起こしてはいけないという責任で、大変気疲れした旅でした。
でも、決して色あせることのない、思い出深いサイクリングでした。