エッセイ

恩師への手紙
2020/10/19
特別なメッセージ
 

H先生、ご無沙汰しています。お変わりございませんか。

高校生だった私、子育て真最中だった私、そして現在の私から、一筆申し上げます。

子どもの頃から真面目で問題を起こすことのない私に、深く関わってくれる教師に出会うことなく、私は進学した女子校で、まだ20代の女性であるH先生のクラスになりました。

先生は、ある日、クラス全員に1冊ずつ新しいノートを配布し、「先生と皆さんとの交換ノートにします。なんでも思うことを書いてください。コメントを書いて返します。」とおっしゃいました。当時、49人が1クラスに詰め込まれていました。先生は、この大勢の生徒をいかに理解し、支援していくかを真剣に考えてこの方法を取られたのだと、今になって分かります。

ノートには他人への遠慮がないことが嬉しく、制服が可愛くない悩みから、通学電車で見かける理不尽な出来事、家庭内のことまで、思うまま書いていました。先生のコメントが楽しみで、考えを深めるきっかけになっていました。

今思えば、先生はこの49冊の返事を書くのに、どれほどご自分の時間を削っておられたことでしょう。私は初めて、自分自身の外側でなく、内側を理解し、応援してくれる先生に出会ったのでした。

次に先生に会ったのは、高校卒業後10数年後の同窓会で、子育てに専念している時でした。 「これからの女性は、仕事を持たなくてはだめ」と育てられた私にとって、専業主婦となり、子育てという成果がすぐにはでない、そしてどんなに努力しても「当たり前のこと」として評価されない毎日は、自問自答の日々でした。同窓会で、友人たちはキラキラして見えました。私は所在なく、ひっそりと席についていました。近況報告へと会が進み、私が最初に話すことになりました。何も話せることなどない、と思いながら、「結婚し、5歳と1歳の女の子がいて、子育てに専念しています。子育ては、私にとってはなかなか難しく、試行錯誤しながらの毎日です。」とだけ言いました。胸に重りを抱えているような気持ちでした。

新年、先生から年賀状が届きました。「同窓会の近況報告、本当に素晴らしかった。あなたが最初に話してくれたおかげで、全員が『自分』の近況を話してくれました。」と書いてありました。先生、その言葉がどれほど私を勇気づけてくれましたことか。自分を主語にして生きていこう、たとえ〇〇さんの奥さん、〇〇ちゃんのママ、としか呼ばれていなくても、私は今もそうしているのだ、と思えた瞬間でした。

それから2年後、私は子育てをしながら、社会に少しずつ復帰していきました。子育てはずっと試行錯誤の連続で、けれど私の人生にとって何より大切な時間と経験でした。子どもが成人した今は、仕事に重心をおいた毎日を送っていますが、与えていただいた愛情を、次の世代につないでいくことを心がけていきたいです。

H先生へ、感謝と敬愛を込めて。ありがとうございました。