エッセイ

中学校
2020/12/18
大切にしてきた生徒
 

私の恩師からの忘れられない言葉の一つが、「子どもを”大切に”しなさい」です。その言葉を胸に、中学一年生の時からみていた生徒がついに部活動を引退しました。

吹奏楽部に入ってきた頃は、しんどいことがあればすぐに顔や言葉に出る生徒でした。先輩との人間関係に悩んで部活を辞めると言い出した時、「先輩にこれが嫌だからこうしてほしいと伝えないと気づいてもらわれへんで?逃げるだけでいいん?」と私が伝えると、彼女は泣きながら口を閉ざしてしまったこともあります。

それでも私なりに彼女に向き合いました。恩師が出来の悪い私に指導し続けてくださったように、子どもたちに向き合い続けることが”大切に”する方法の一つだと思ったからです。すると、彼女は自分の思いを先輩に伝えることができ、関係が改善しました。

2年生になった彼女は、楽器が上手く演奏できず、すぐに「もう無理…!」と言うのが口癖。後輩が出来ても末っ子の甘えたな性格が滲み出ていました。私が「無理と言ってても上手くならへん。どうやったら吹けるようになるか考えなあかん」と彼女に言葉をかけると泣き出す。「自分なんて無理だと諦めなければ、あなたはもっと成長できる」と声をかけるとさらに泣き出す、なんてこともありました。

そんな彼女が、同期の推薦により部長になる話が浮上しました。私はあの甘えたで、すぐに無理という彼女に部長が務まるのだろうか…?と不安に思いました。彼女を呼び出し、「やりがいはあるが皆をまとめていく上で大変な思いもする部長になる覚悟があるか」と尋ねました。始めは「私には絶対無理です…」と答えていましたが、次の日には一変して「部長をさせてください」とのこと。母親に相談して背中を押された彼女は、何か決心をした表情でした。私は彼女に、「前に立つ人が諦めの姿勢をみせて無理だと言ってしまうと、みんなもそう感じてしまう。だから、自分には無理だと言わず、どうすれば出来るようになるか一緒に考えよう。そして周りの人達を”大切に”しながら、より良い部活にしていこう。」と伝えて、1年間部長を任せました。

最初は、後輩になめられている、自分が言ってもみんな指示をきいてくれない、楽器が上手く演奏できない、とよく落ち込んでいました。ですが彼女は以前のようにすぐ諦めることはありませんでした。

今年はコロナの影響でほとんどの演奏会が中止になってしまいました。生徒たちは落ち込み悲しんでいましたが、11月にある演奏会の開催が決まると、難しい部分を教え合いながら最後まで諦めずに練習していました。それは、練習後に部員たちを集めて、熱い思いを何度も語り続けた彼女の影響は大きかったと思います。

演奏会当日。アンコール前の部長の挨拶で、「文化発表会は3年生の劇も他の学年の合唱も中止になってしまったのに、引退だからと吹奏楽は発表できることになった。私たちだけ発表していいのかと悩んでいたけど、クラスの友達に”私達の分も頑張ってな”と声をかけてもらった。だから友達にも、舞台を用意してくれた先生方にも、毎日学校に送り出してくれる親にも、朝から音がうるさくても応援してくれる地域の人にも感謝して、全力で演奏します!」と緊張しながらも笑顔で言った彼女は、成長して輝いて見えました。そしてアンコール曲で堂々とソロを演奏し、大きな拍手が送られました。彼女はよくそれで最後まで演奏出来たなと思うくらい、目を真っ赤にして泣いていました。

引退式の日、彼女の母親からお手紙を頂きました。部長を引き受けた驚きと彼女の成長、感謝の言葉が綴られていました。私はそのお手紙を読んで、悩みながら過ごした日々はきっとこれで良かったんだ…と救われた気持ちになりました。子どもを”大切に”育てることで、子どもの成長を間近でみることができ、人から感謝をしてもらえる。教師になって良かったと思えた瞬間でした。