父親が笑顔になる社会の構築を
教員養成課程 家政教育講座
小崎 恭弘 准教授
「えっ、ほんまに取るんですか?」。18年前、長男の誕生により育児休暇を申請した際の人事課職員の言葉です。男性の育児休暇取得のニュースは全国的にも話題になり、新聞で連載(*1)を持ったほか、テレビにも取り上げられました。そのとき芽生えた“自分の手で子どもを育てることは特別なことなのか? むしろ、大騒ぎするこの社会がおかしいのではないか?”との疑問が現在の研究の出発点です。
小崎恭弘准教授は今年の4月から家政教育講座で教鞭をとっています。研究テーマは『育児における父親支援とそれを支える社会システムの構築』。西宮市の男性保育士第一号として12年間勤務し、家庭では3児の父親として3回とも育児休暇を取得した経験が根幹にあります。これまでの活動は三つに分類されます。一つ目は講演会での父親への育児方法の指南、二つ目は父親育児支援についての研究、そして三つ目が社会制度を変える枠組みの形成で、これらが相互に機能することが大切だといいます。「どれかひとつが機能したからといって、父親の育児しやすい環境は整いません。これまでは父親だけに焦点を当ててきましたが、父親の努力だけでは限界があります。行政、企業、地域といった社会全体の整備が必要です」と訴えます。
厚生労働省の主催事業に、社会全体で父親の積極的な育児へのかかわりを推進する『イクメンプロジェクト』があります。小崎准教授が顧問を務めるNPO法人ファザーリングジャパンはこのプロジェクトを共催しています。『イクメン』は、2010年のユーキャン新語・流行語大賞トップテンに輝きました。しかし「6歳児未満における父親の1日あたりの育児時間は、海外の先進国が約1時間のところ、日本は約39分です。『イクメン』という言葉は広まりましたが、まだまだ言葉先行で、行動に移せていません」と現状を語ります。
その牽引役として、“父親であることを楽しもう”を旗印に父親支援事業を展開しているファザーリングジャパンですが、「設立当初は“エリートパパ”の道楽だとの非難も浴びました。でも、それは違う。個々の家庭の事情にあわせた、父親が笑顔になるための社会活動を展開しています」と強調します。そのひとつが『フレンチトースト基金』で、父子家庭の支援のために創設されました。父子家庭の生活を描いた映画『クレイマー、クレイマー』でフレンチトーストが象徴的に使われていたことがその由来です。スタッフの経歴も多彩で、中には専業主夫もいます。「その人は東大卒で自動車メーカーのデザイナーでしたが、“子育てのほうが刺激があって独創的だ”と家庭に入ったそうです。性別だけで生き方や適性を決めるのはおかしいですよね」
授業は保育領域が中心で、バケツリレー方式で学生が次々に赤ちゃんを抱いていく一風変わった取り組みも。「学生の大半が赤ちゃんを抱いた経験がなく、おしめを替えたことがあるのも3割程度です。彼らが教師となったとき、その体験なしに家族の大切さを教育することはとても難しい。赤ちゃんの儚さを実感することで言葉に重みが出るのではないでしょうか」とその意図を語ります。
今後は父親支援を発展させ、ワークライフバランスの推進にも重点を置きます。「今の社会は振り子と似ています。男女共同参画を男女片方だけで語っていても、振り子が左右に偏るだけです。真ん中に留めて、仕事と家庭のバランスを公平に保つ、それがワークライフバランスです。今は父親支援が中心ですが、最終的には子どもが豊かに育つ社会の整備を、保育の視点から考えていきたいですね」
家庭では結婚して23年目。「周囲に大好きだと公言していますが、妻はわたしのことをそんなに好きではない。でもその片思い感がいいんです」とのろける愛妻家です。
*1:朝日新聞連載『育休父さんの成長日誌』 朝日新聞社刊