エッセイ

中学校
2020/06/23
校長冥利に尽きる「想い出がいっぱい」

『大人の階段昇る、君はまだシンデレラさ~(※)』。校長室に懐かしいメロディが聴こえてくる。ちょうど終礼の時間帯である。
「CDでも聴いているの?」音につられて階段を上がっていくと、2年生の各教室から生徒の歌声が聞こえてくるのだった。私に気づき、生徒たちは慌てた様子で担任の先生を見る。近くの生徒に「こんなに古い曲、よく知っているのね。なぜ歌っているの?」と話しかけると「学年のお別れ会で歌う予定です。」と言う。なるほど、この曲、永遠の名曲だからね…。

私がまだ駆け出しの音楽教員だったころ、授業の最初と最後に必ず全員で歌っていたのが『想い出がいっぱい』というH2Oの曲だった。教科書の教材より、当時流行の曲より何より人気だったのがこの曲だった。歌っているとクラスの一体感が味わえると、毎年必ず生徒と一緒に歌い継いできた。

2019年3月22日、私にとっては教員生活最後の修了式となる日。子どもたちへの式辞を終えほっとしていると、教頭先生が「これで修了式を閉じます。校長先生はどうぞ壇上におあがりください。」と言う。予定外のことで、何が始まるのかと思うと、音楽の先生がピアノを弾き始め、聴こえてきたのがあのイ長調の前奏だった。『古いアルバムの中に~』生徒たちが歌い始めた。つられて一緒に歌う。今でも歌詞は全部覚えている。「なぜ、みんなこんなに歌えるの?」1年生も2年生もみな笑顔で歌っている。

ハモっている。先週担任の先生に叱られて拗ねていた生徒も、やんちゃな学級代表も、寡黙な生徒も、笑顔で私を見ながら歌っていた。そして、周りにいる先生方も全員が一緒に歌っていた。それを見て湧き上がるものがあった。こらえきれず自然とこぼれる涙、涙。二番はもう歌えなかった。

続く生徒会長からの暖かい言葉に、思わずハグしてしまった。拍手の嵐の中、それをビデオカメラで教員が追う。思わぬ至福の時間だった。
この曲が私の想い出の曲だと、どのようにして調べたのかはわからない。偶然、当時の懐かしい曲ということで選ばれたのかもしれない。校長先生にサプライズしようと心を一つにして「学年のお別れ会」なんて嘘をつきながら、準備をしてくれた先生と生徒たち。そんなことができる学校の校長であったことが誇らしい。

「あいさつができ、いじめがなく、うつくしく、笑顔あふれる、おもてなしができる学校にしよう。」

「〇中のあいうえお」と名付け、そんな理想の学校を一緒につくろうと歩んできた先生と生徒たち。厳しいことばかり言ってきたけれど、最後は「ありがとう」という言葉しかなかった。

「みなさんを心から誇りに思います」と。

教員として、学級、学年、部活動など、日々仲間づくりに励み、悩み、苦しみ、それでも最後に生徒の成長を感じ、得るものがあった時には、それは何より教師冥利に尽きる喜びとなった。校長として、学校がさらにひとつのチームとなる成就感を得た時には、その喜びは果てしなく大きく、人生のかけがえのないものとなった。
想い出がいっぱいの幸せな37年間だったと思う。

(※)(作詞:阿木燿子)「思い出がいっぱい」より引用