エッセイ

高等学校
2020/06/18
結婚式の招待状

朝のホームルームに少しでも遅れていくと、教卓でいつもの生徒が漫才を始めています。
クラスの盛り上げ役のこの生徒は、サッカーをしたくて高校に入ってきました。一方、保護者には、地元の国立大学に入学し、教師になってほしいという希望がありました。学力については潜在能力の高さを感じました。ただし、毎日サッカーで頭はいっぱいです。

ある模擬試験の日の朝、「部活動の朝練で頭を打った」と連絡があり、そのまま病院に連れていくことになりました。話をしているとなんだか様子が変です。記憶がところどころ飛んでいるのです。「このままサッカーをしていたことを記憶から消して、国立大学を目指して勉強ばかりしていたという話にしませんか」とお母さんが冗談をおっしゃいました。なかなか、肝の座ったお母さんです。私も、大したことなかったら模擬試験を解かせてくださいと、ちゃっかり問題冊子をお母さんに託しました。

その後、ちゃんと記憶は戻り、またサッカー三昧の日々に戻りました。結局、保護者の希望する大学ではなかったものの、地元の大学に入学して、就職をしました。

私が関わってきた高校生の多くは、学習と部活動のどちらも両立させようと、彼らなりにがんばって学校生活を送っていました。おそらく彼にも何の悔いもないと思いますし、彼のような生徒は社会に愛されるので、たとえ希望する大学に入れなくても私はあまり心配しません。自分の気持ちを人に伝えたり、周りを巻き込むのが苦手な生徒には、将来の姿をイメージしながら、私が今伝えてあげられることは何だろうかと考えて指導に当たります。余談ですが、そんな生徒への得意の処方箋は自家製「心臓の毛」です。移植手術の儀まで執り行います。

そんな彼から、先日、結婚式の招待状が届きました。喜んで出掛けると、隣席には、「新郎の元上司」という肩書きの方がいらっしゃいました。中途退社してしまったのではないかと尋ねると、「いや、私が転職を勧めたんです。うちにいるのはもったいないと思いまして。」という思いがけない返事が返ってきました。いい人に出会い、認めてもらって、しっかり活躍しているんだと思うと、何とも言えない嬉しい気持ちになりました。

感慨に浸っていると、「高校の担任の先生はどこにいらっしゃいますかー」と司会の方のアナウンスが。「私のことか?」と思い、進み出ると、「新郎のお色直しのエスコートをお願いします。」とのこと。「これって、お母さんの役目なのではないですか?」と言いながらも程よくお酒も入って気持ち良くなってしまっていた私は、本人とお母さんの粋な計らいに感謝しながら、図々しくも新郎としっかり腕を組んで、おしゃべりを楽しみながらドアまで歩みを進めました。