「ようこそ!サンチャゴ日本人学校へ。この学校は魔法の学校です。今までできなかったことがどんどんできるようになります。」
新入生歓迎会での中学部生徒の歓迎の言葉だ。教師になって、12年目に南米チリのサンチャゴ日本人学校に赴任することになった。今まで、教師として身に付けた能力を海外で暮らす駐在員の子供たちに、日本の教育を海外の教育環境で自分がどこまで実践できるかという思いで派遣を希望した。
勤務することになった日本人学校は全校で40人程度の小規模校だった。日本からの派遣教員は7人。1年目は5・6年生の複式学級(子供10人)の担任になり、中学部の理科も担当した。チリはちょうど日本の反対側に位置し、四季もあり季節は真逆。太陽と月は東から昇り、北を通って、西に沈む。
日本とは大きく違う教育環境のため、カリキュラムを入れ替えて授業をしなければならなかった。言語も違う慣れない土地で自分と家族の生活、学校の仕事に慣れるまで、かなり苦労した。しかし、日本人学校の子供たちは人懐っこく、チリの人たちはとても親切で優しかった。おかげで苦労しながらも、日本人学校の生活に慣れていった。
勤務して3年目(帰国する年)、小学部の6年生の担任になった。受けもったクラスは男の子1人と女の子1人の2人だった。その女の子は、鉄棒に苦手意識があった。6年生になっても逆上がりができないことに、コンプレックスを持っていた。私は彼女が逆上がりできるように、どうにかしてあげたいと思った。クラスの男の子にも協力してもらった。授業が終わったら、空いている時間を見つけては、3人で校庭の鉄棒をやりにいった。男の子も実際に逆上がりをやってみせて、彼女にアドバイスをしてくれた。私もその子供に合ったやり方を試行錯誤しながら、いろいろ試した。努力の成果もあって、その子は逆上がりができるようになった。
彼女は涙を流して喜んだ。男の子も私も自分のことのようにうれしかった。私は今もそのときの様子が心に残っている。それから、彼女は自信がついたのか、笑顔も増え、ほかの自分が苦手なことにもどんどんチャレンジするようになった。体育の苦手意識もなくなり、 運動会の練習では全校の子供にソーラン節を教えるまでになった。もう1人の彼もそれに負けじと切磋琢磨して努力を重ね、能力を高めていった。少人数ながらも、人は人とのかかわりによって、大きく成長することを改めて感じた。
ふと振り返ると、あの1年目の歓迎会の言葉を思い出す。「ようこそ!サンチャゴ日本人学校へ。この学校は魔法の学校です。今までできなかったことがどんどんできるようになります。」その当時は、 当たり前のことを言っているだけだと思っていたが、今なら心からそうだと言える。
どんな学校でも教師や子供たちの気持ち次第で魔法の学校になる。「教育は人なり」子供たちが教師や友達とのかかわりで大きく成長する姿をこんなに身近で感じられる教師という職業、これほど魅力的で幸せな仕事はほかにはない。
今、新型コロナウイルスの影響で休校が続いている。私は4月から小学1年生の担任になり、未だに子供たちに会えない日々が続いている。以前のように、子供たちが心から笑い合い、友達や教師のかかわりで個々が大きく成長できる学校に早く戻ることを願っている。