学長対談「地域のためのアカデミア」

「Think globally、 act locally ―地球規模の視野で考え、地域視点で行動する」
そんな人材育成や研究の推進に力をいれている大阪教育大学と大阪市立大学。両学長が、大阪の特色や特性を活かした大学づくりについて、語り合いました。

栗林 澄夫
大阪教育大学長

【略歴】

富山大学文理学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了、文学修士。研究分野はドイツ近現代文学。平成16年4月から国立大学法人大阪教育大学理事・副学長、平成26年4月から学長に就任。昭和23年生まれ、69歳。

荒川 哲男
大阪市立大学長

【略歴】
大阪市立大学医学部卒。大阪市立大学大学院医学研究科内科学専攻内科学第3課程修了、医学博士。大阪市立大学大学院医学研究科長兼医学部長を経て現職。昭和25年生まれ、67歳

グローバル社会における大学教育の課題

栗林大阪教育大学長

栗林 少子化により人口が減少する中で、日本という国をどう作っていくのかが問われています。また交通機関が発達して人々の往来が盛んになり、これまで国の中だけで考えていた様々なことが、グローバルに展開するようになりました。高等教育の在り方も、国全体で見直すべきだと言われています。こうした日本の人口減少、グローバル化ということも含めて、大学教育の課題などどのような思いを抱いておられますか。

荒川 グローバル化は確かに起こってきているので、どういう人材を育てるかというのが大きな課題です。ただ、英語を喋ることができればグローバル人材だと思っている学生もいますが、そうではない。英語は単なるツールです。また先生方の中には、英語だけが言語じゃないという意見もあります。確かにフランス文学をやるには、フランス語を学ばなければなりませんが、それは学問として勉強するもので、意味が違います。国際語、ツールとしての英語というものの存在を教える側も認識し、教えていくことが大事です。
 それを使ってグローバルに活躍できるかというのは、その人の人格形成によるところが大きいと思います。野球のダルビッシュ投手の言葉で印象に残っているものがあります。
 0対0で競り合っていたある試合で、ショートのエラーによってランナーが二塁へ進みます。その後ヒットを打たれてそのランナーが生還し、試合に負けてしまいました。その時のインタビューで、「自分はショートの選手を救えなかった。だから悔しい」と言っていた。彼がヒットを打たれなければ、ショートのエラーは帳消しになったからです。僕が感じた彼のグローバルさというのは、チームを大事にして、自分よりもチームメイトのことを先に考えるところ。彼のように、世界に信頼されるような人材を育てる必要があると思います。
 そのためには、コミュニケーションが大事です。先日テレビ番組を見ていたら、東京と大阪の街頭で声をかけて、一緒に大縄跳びにチャレンジしてくれる人を探すという企画をやっていました。大阪では、知らない人たちがすぐに集まって、一緒に一つの目的に向けて行動できる。大阪という土地は、比較的にコミュニケーションを取ることが上手いという土壌があります。学生には、そういう土壌のある所で教育を受けることの意味を実感して欲しい。

栗林 コミュニケーション力をもって社会に対応していくことのできる人材を育成することが求められている。では、そうした学生を私たちは育てられているのかというと、なかなか課題が多いのが実情です。教育機関として、教育内容をどう組み立て、どう学生に伝えるか。荒川先生は、大阪市立大学の医学部ご出身で、医者として成長してこられたと思います。ご自身が受けてこられた教育プロセスで、これが有意義だったとか、こういう点を学校制度の中で解決していくべきじゃないかといったお考えがありましたらお聞かせください。

荒川大阪市立大学長

荒川 最近のアンケートで、「自分が役に立つと思わない」という自信のない回答をする高校生が、米中韓と比べて、日本で圧倒的に多いという結果が出ています。逆に、「自分が将来なんらかの形で社会の役に立つ」と答えた日本の高校生は、およそ3割しかいない。他の国では概ね8割程います。日本人特有の謙譲の美徳でそうなっているのかもしれませんが、必ずしもそれだけではない。原因の一つは、正解が1つしかない問題を解くのに専念しすぎていることではないでしょうか。正しい解答が見つからないと手を上げられないという環境が、自信の無さにつながっているのではないかと思います。
 医学部で育ってきて自分の中に残っているのは、やはり指導医から実践で教わったことです。一方的に聞く講義というのはほとんど印象に残っていません。その指導医は、時に食事をおごってくれて、悩みを聞いてくれたりするメンター的な存在でもありました。礼儀作法のような基本となることから見てくれて、間違ったら叱ってくれる兄のような存在でした。そういう人から受けた指導は、自分の形成にすごく役立っていると感じます。
 一方的な講義で知識だけを教えるという教育ではもう駄目です。正解のない問いに対して答えを導き出すというプロセスの中で、課題解決の思考が生まれてくる。議論しながら課題解決をしていくような教育をもっと広げていかないといけません。

栗林 自分で体験し、考え、人と触れ合い、コミュニケーション能力を身につけて、お互い意思疎通をする中で学ぶことが、自分の実になっていくと、私も実感しています。
 私が子どもだった時代は、自分の力で世の中を変えていこうという気概のある人が、それなりにいたと思います。でもいつの間にか、受験などを通して、マニュアル社会みたいになってしまった。学生がマニュアルに頼るのは、その方が簡単だからです。一方で、友達付き合いというものがマニュアルに頼れないこともわかっている。だから、世の中全体に対して消極的になっているのです。教育の役割は、そういう気持ちを解きほぐしてあげること。そして自分でやってみようという意欲を持つことが、自身の将来にも、日本の未来にもプラスなのだと教えることだと思います。

荒川 高度成長期の教育というのは、大量消費、大量生産をキーワードに、物事を早く正確に、マニュアル通りにこなすことを第一に掲げていました。そういった教育が、ある意味日本の成長を加速してきた側面があります。しかし今後、そういう作業は人口知能(AI)に取ってかわられ、人間の役割は違うところに置かれるようになる。
 人間にしかできないこととは、いくつも正解があるものから解答を見つけ出すこと。今は激動の社会ですから、想定外の状況を生き抜くことも大切で、マニュアルにこだわり過ぎたら自分の命を捨ててしまうことにもなりえる。いろんな正解がある中で、どれがベターなのかを積極的に選択し、ミスを恐れずリーダーシップを発揮する、そんなトレーニングが必要だと思います。

栗林 高度経済成長期ぐらいから、教育体制そのものを見直す必要があった。それに出遅れて、現在の状況があります。少子化が進むことに、国全体が恐れを抱いています。教育改革を行うことでそれをカバーしないといけない。

荒川 子どもたちに積極性をもたせるには、小さな成功を積み重ねていくことで自信をつけさせることが必要です。先ほどのアンケートにもあったように、他国と比べて高校生で自信のない人が多いのは成功体験が少ないからだと思います。
 親も、子どもに高いところを望みすぎて、否定で教育をしている部分があるように思います。ちょっとした成功でも喜んであげて、よくやったとほめてあげたら、自信に繋がるんじゃないでしょうか。家庭での教育と学校での教育とをシンクロさせて、子どもに自信をもたせるような教育を小さい頃からやっていく。そうすれば質問に手を上げようとか、世界で活躍しようとする積極性が戻ってくるのではないかと思います。

地域を支える人材の育成

栗林 大学の使命として、地域への貢献も非常に重要な要素です。大阪教育大学では、積み重ねてきた教育・研究を地域に役立てていくということに、これまでにも増して取り組んでいかなければならないと考えています。大阪府や大阪市などと協定を結んで、教員の再研修や学生のインターンシップを奨励し、地域と協力して行う教員育成を推進しているところです。大阪市立大学では、そうした地域に対する視点、貢献ということについては、どのような取り組みを進めておられるでしょうか。

対談中の荒川学長

荒川 本学は公立大学ですので、地域に貢献できる人材の育成や、地域の産業の活性化に役立つようなシンクタンクになっていくことがミッションだと思っています。
 どんな大学でも、まずは地域のためにアカデミアとしてどう活躍するか。それには双方向性が重要です。異文化を経験した人を地域に活かす、あるいは地域で育てたものをグローバルに展開する。地域だけに留まっていたのでは意味がありません。地域をベースに、あるいは地域をモデル都市として作り上げることによって、それを世界に広げなければならない。
 私が学長になってから出したスローガンは、「笑顔あふれる、知と健康のグローカル拠点」。
 大阪の抱える課題を、みんなで横断的に解決していこうというプロジェクトです。昨年2月末、大阪の健康寿命を延ばすことを目標とする連携協定を大阪市と結びました。これには企業の参画が絶対に必要なので、並行して合同会社を作り、17社に加盟してもらっています。大学の資源を結びつけていきながら、健康寿命を延ばすためのいろいろな製品を作り、産業の活性化につなげようとしています。大阪は都道府県の中で一番健康寿命が短いので、それを解決に向かわせることができれば、世界も大阪についてくる。課題解決のモデルケースとなることをめざしています。

栗林 企業を取り込むことで大阪市全体の活力を高め、健康増進に貢献するということですね。実は教育分野も似たような状況で、全国統一のテストで大阪の成績は芳しくない。自治体と協力して、教育を活性化しようとしています。また子どもたちの教育格差をなくすことで、貧困対策にもつなげることをめざしています。狙いは違いますけど、同じような志の取り組みを進めていますね。

大学間の連携について

対談中の栗林学長

栗林 大阪教育大学では、平成29年度に学部改組を行い、教育協働学科を新設しました。高度な専門性をもつと同時に、現場で活躍できる実践力のある人材を育成していきたいと考えています。高度な専門性というところを中心に、大阪市立大学のお力を貸していただけたらと思っています。あるいは、大阪市立大学で教員免許を取られる方に、本学が力になれるのではないか。最終的に地域貢献に繋がるような形で、お互いギブアンドテイクで協力できるような可能性がないか、模索できればと考えています。

荒川 学生の時間が非常にタイトになってきていて、移動して授業を受けるということがかなりネックになります。その辺を解決できれば、ニーズが増えるかもしれません。

栗林 大阪市立大学が中心となって進めている「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ女性研究者研究活動支援事業」では、女性が活躍できる大学像を作っていく取り組みとして、本学と和歌山大学、積水ハウスと事業を展開しています。

荒川 ダイバーシティ(多様性)の中で新しいイノベーションを生み出すために、女性にも積極的に参画していただく。女性をひいきするような捉え方は、女性に対して失礼だと思います。男性と同等に扱うということではなく、男性にない能力、女性の強みが発揮できるようなダイバーシティでなければなりません。
 個人的な意見ですが、例えば対外的・国際的なコミュニケーションは、男性より女性の方が優れていると感じます。適材適所で女性が活躍すれば、全体としてイノベーションに近づいていけるのではないでしょうか。単に数字で何%という基準だけ決めてもあまり意味はありません。女性の参画が増えたことで、どういう新しい成果が生まれたかが重要です。またそれをどういう指標で評価するのかも検討しているところです。

栗林 まさにその通りで、女性の数を揃えたら、女性が活躍する社会だという話ではありません。障壁があって女性が活躍する場が限られているのであれば、それを取り除いて、本来の力を発揮してもらう。国としても、各機関としても、そういった組織づくり、社会づくりを進めていく必要があります。

荒川 ダイバーシティを形成する要素としては、障がい者の方や外国人の方も該当します。何が優れているかというのはそれぞれ違いますが、多様性の中でプラスに働くものを見出せれば、障壁は消えていき、むしろ強みになります。女性支援もそういうものの一環だと考えています。

栗林 ありがとうございました。
 小さな成功体験を積み重ねて自信を持たせ、個性を伸ばすことが、地域を超えたグローバルな領域でもコミュニケーション力として生かされるというお話はとても印象的でした。本学でも、地域で活躍する教育に関わる人材を育成していますが、それは同時に世界に貢献できる人材でなければならないと考えています。
 私たちは、地域とその延長としての世界に貢献できる「人材の育成」と「研究の促進」という志は共通していると感じました。両大学の連携強化に向けた取り組みを今後も進めていければと思います。

撮影に応じる栗林大阪教育大学長と荒川大阪市立大学長

(2018年1月取材)
※掲載内容はすべて取材当時のものです。

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