学長対談「Society 5.0 時代に対応した教員養成」

AI、ビッグデータ、IOTといった 情報技術の急速な発展に伴う 社会構造の大きな変化の中で、 教師に求められる役割や 能力も変わっていきます。 これからの時代に対応した 教員養成系大学の在り方について、 大阪教育大学栗林学長と 日経BPの中野編集長が対談しました。

栗林 澄夫
大阪教育大学長

【略歴】

富山大学文理学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了、文学修士。大阪教育大学理事・副学長を経て現職。昭和23年生まれ、71歳。

中野 淳
株式会社日経BP PCメディア編集部長
教育とICT Online 編集長

【略歴】
放送局の報道記者、電機メーカーのエンジニアを経て、1997年から日経BP。日経パソコン記者、同誌編集長、日経BPイノベーションICT研究所上席研究員、コンピュータ・ネットワーク局教育事業部長などを経て現職。昭和39年生まれ、55歳。

教育改革と教育情報化の重要性について

対談中の栗林学長

栗林 学習指導要領の改訂、高大接続改革及び大学改革など 10 年後、 20 年後の未来を見据 えた教育改革が進む中、学校や大学における教育情報化の重要性がさらに増しています。特に、学習指導要領の中で「情報活用能力」が学習の基盤となる資質・能力の一つとされ、各教科等の特質を生かしつつ、教科等横断的な視点から教育課程の編成を図ることと明記されたことはとても重要なことだと考えています。小学校ではプログラミング教育が必修化され高校でもプログラミングやネットワークの仕組みなどを学ぶ「情報Ⅰ」が必修化されますが、大阪教育大学でもICT基礎a・bなどの科目を設け、情報教育を重視しているところです。編集長として全国にわたって調査や取材をされる機会が多いと思いますが、教育情報化の重要性についてどのようにお考えでしょうか。

中野 記者として 20 年以上、ICT活用教育の 現場を取材してきました。その中でここ数年、ICT活用教育が大きく広がっていくのを感じています。ICTは、あくまでも教育のための「道具」ですが、先生方がうまく活用すれば、より質の高い授業、より分かりやすい授業を実現できます。また、教職員の校務の負荷を軽減して、子どもと向き合う時間を確保する上でもICTの活用は役に立ちます。
 新しい学習指導要領がうたっているように、これからの社会で必要な「情報活用能力」を子どもたちが身に付けることが、教育現場で大切なポイントになります。AI(人工知能)などの新しい技術によって、今後も社会はどんどん変わっていくでしょう。今後は、こうした変化を把握して、教育カリキュラムに反映することが、より重要になるのではないでしょうか。

栗林 本学の附属学校でも統合型校務支援システムの導入をはじめ、教員の仕事を合理化するための取り組みを進めているところです。同時にAIによって変わっていく社会に対する学びの必要性ということになりますが、子どもたちが学ぶだけではなくてそうした知見を持った人間が新しい世の中を作っていくのだという観点で、本年度の補正予算で「GIGAスクール構想」が予算化されるなど国を挙げて教育の情報化を推進しているわけですが、この点についてはどのようにお考えでしょうか。

中野 GIGAスクール構想は、学習の基盤になるICT環境を整備する上で非常に有効な取り組みだと思います。機器の整備と合わせて、それを先生方が使いこなすための知識やノウハウを身に付けることが重要なポイントです。
 AIに関しては、高等学校や大学などで誰もが学ぶようにしようという方針を国が打ち出しています。この際に難しいのは、「AIとは何で、教育現場では何を扱えばよいのか」という理解や議論が十分に進んでいない点です。私自身は、生徒や学生がAIについて実習型の授業を体験して、社会の課題をAIで解決するアイデアを議論できるようになるというのが、目標の1つだと考えています。
 2019年には実際に、いくつかの大学や附属中学校で、画像の機械学習ツールを使ってAIについて学ぶ体験型の授業を担当しました。附属中学校では、教室内で生徒が写真を撮って、その場で画像を判定するAIを育ててみました。こうした体験をすると、生徒や学生から、いろいろな課題をAIで解決するアイデアが出てきます。AIについて簡単に説明してこうした実習を行う程度なら、1〜2時間の授業時間でも実現できます。
 大学の場合は、こうした体験の上に、AIのツールを組み込んだプログラムを自分で作成したり、大量のデータを分析してみたりする授業カリキュラムを体系的に整備するのが理想です。

栗林 今ご指摘いただいたのは、AIのその識別力や認識力などを利用することによって人間の判断力をサポートできる、あるいはその長時間の作業を圧縮できるというような、積極的な意味で使えることをこれから学習のプロセスの中に入れていくべきだということだと思います。そういうポジティブなことは意味があると思いますが、ふと、映画「2001年宇宙の旅」の中で〝ハル〞というコンピューターが、人間の判断や指示に反するという場面が思い出されます。あの時代からすでに未来に対する警告の意味を示していたのではと考えるのですが、こういうネガティブな側面に関わって教育の中で何か対応を図っていくべき部分はありますか?

対談中の中野編集長

中野 学長がご指摘されたように、社会でのAI活用には負の側面があります。一つは、AIによる「判断の中身」がブラックボックスになりがちだという点です。犬と猫を判別するAIを育てることは簡単ですが、そのAIが内部でどのようにその判断をしているかは通常は分かりません。将来的に、人よりも精度の高い判断ができるAIはどんどん生まれてくるでしょう。例えば、「手術をすべきかどうか「どの薬を使うべきか」という判断をAIに委ねてよいのかは、社会の中で議論が必要でしょう。
 AIが人間の知性を超えて自律的に進化する「シンギュラリティ」と呼ばれる概念も話題になっています。こうした事象が発生する可能性や、発生する場合の時期については、専門家でも意見は分かれています。
 AIに関する教育では、こうした点についても取り扱い、生徒や学生が議論できるようにすべきだと思います。

大阪教育大学に期待すること

栗林 今、国立の教員養成系大学をめぐっては、附属学校園を含め、どう改革していくのか、 Society5.0 に対応した教員養成を先導す る大学が必要であるということが教育再生実行会議で提唱され、教員養成におけるフラッグシップ大学の募集が行われようとしています。本学としては、当然そうしたモデル的な大学となることをめざしているところですが、中野さんは本学の附属中学校出身者として教育実習生による授業も体験しておられます。今後、本学が教員養成大学としてどのような改革をするべきかお気づきの点などありましたら教えてください。

対談中の栗林学長と中野編集長

中野 附属中学校時代のことを振り返ると、先生方が非常に意欲的で沢山の面白い授業をしていただいたなと思い起こします。教育実習の先生方がたくさん来ていろいろな授業があって本当に楽しかったです。いろいろな先生が、新しいことをどんどん試してみる。それが附属学校としての役割の一つですし、生徒たちもそれを楽しんでいるという、そういう土壌があるというのは大きな財産だと思います。
 ICTなどによって、社会の変化が加速しています。これからの教育現場は、こうした社会の中で活躍できる子どもを育てることがとても大切になっていきます。そのためには、教員養成系大学が社会と教育現場を結ぶハブになる必要があるのではないでしょうか。世の中の新しい動きをきちんと把握して、教育委員会や学校と連携して教育に反映するといったイメージです。その際には、まずは教員養成系大学と附属学校が一体となって実践的な取組を進め、そこで得られた知見を広く学校や教育関係者に広げることが重要だと思います。
 大阪教育大学の強みの一つは、地域の大阪府や大阪市とのつながりの強さやフットワークの軽さだと感じています。こうした点は、フラッグシップ大学としての活動にもつながるでしょう。
 ただ、全国の教員養成系大学や附属学校の取り組みでは、残念に思うこともあります。さまざまな先進的な実践授業や研究を進めている一方で、その成果やノウハウが学校や教育現場の教員に十分に伝わっていないという点です。フラッグシップ大学として、モデルケースとなる効果的な情報発信の仕組みを整えていただけないでしょうか。

対談中の栗林学長と中野編集長2

栗林 おっしゃる通りで、そもそもなぜ教員養成系大学には附属学校の設置を義務付けられているのかというと、教員養成のための教育研究を大学と附属が一緒になって行うことと、それが大学の教員養成のために役に立つということが大きな役割の一つです。もう一つは教育実習をしっかり行って、実践力のある教員を育成していくということで、これまでも附属学校がしっかりと果たしてきたところのものです。中野さんをはじめ卒業生の方々から常に評価いただけるのは、本学附属学校園が先駆的な授業を実施してきた証ではないかと自負しています。
 さて、いわゆるSociety5.0といわれている社会の中で、どういう生活ができるのかということを見据えながら教育に取り組んでいきましょうということなのですが、それをどこまで担えるかがフラッグシップ大学の役割として果たすべき指標になると思っています。そうすると未来に向かった教育で大きな役割を果たすのがやはり情報教育。子どもたちが全員端末を持って、クラウドを通じて学習するという教育が実現すれば、何も学校だけに閉じて活用するわけではなく、スマートフォンを持ち歩くのと同じようにどこにいても学習の機会に結び付けていくという試みを進めていくことが重要だと考えています。先ほどのコンピューターの活用の延長上として、今後どのように学校で取り組みを進めていったら良いのかというアドバイスもいただけたらありがたいです。

中野 ICTを活用した効果的な教育を実現したり、児童や生徒が適切なICTリテラシーを身に付けたりするには、校内ネットワークや一人一台の学習用端末の整備は必須です。
 私は、全国の全ての市区町村について、教育情報化の進展度を比較する「公立学校情報化ランキング」調査を 10 年以上続けています。この調査から、ICT環境やICTに関する教員の指導力には、驚くほどの地域差があることが明らかになっています。「教育の機会均等」という大原則が、教育の情報化については崩れているわけです。
 国の補助金によって校内ネットワークの整備と小中学校での1人1台を実現しようという「GIGAスクール構想」は、ICT環境整備を進め、地域格差を解消する追い風になります。ただ、これだけでは不十分です。整ったICT環境を利用して効果的な教育を実現するための教員のスキル向上や、教育の情報化のノウハウを広げる地域連携の推進なども、併せて進めていく必要があります。

栗林 本学がめざすフラッグシップ大学の形は、大きな企業と直接的な形で結びついてそして学校教育の高度化を図っていこうということではなくて、むしろ地方に波及していけるモデル、つまり教育委員会との連携を非常に密接に行っていこうとしています。大阪教育大学天王寺キャンパスの敷地内に大阪市の教育センターを設置する計画は、1月 31 日に大阪市との間で基本協定を締結しました。
 これまでも包括的な連携協定は結んで協力はしてきていますが今後はもっと密接に、大学と教育委員会が連携を強化して教育改革を進めていきます。もう一つ私が進めようとしているのは、各学校現場が特徴的に持つテーマ毎に大学と協定を結んでモデル学校を作っていくというものです。そしてその延長上に博士課Ed.D.つまり学校現場で直接指導できるような博士の実現を見据えています。それを示す根拠として、全国の教育学の博士の実態を過去 20 数年に遡って国立情報学研究所のデータを基に調査した結果を紹介しますと、実は教員養成系大学の博士であっても研究において学校現場をテーマに取り上げているのは 20 %程度、旧制帝大に至っては8%程度、私立大学についてはほぼ1%です。つまり教育学において学校のことを扱わない博士が大学の先生になっているということを意味するものです。ですから、新しいEd.D.を持ち、学校現場にきちんと対応できる博士が教員養成系大学の先生になり、学校現場と連携して学校の教育課題を解決していくというモデルを作れる大学がフラッグシップ大学の役割であると考えています。このような改革は、これまでの教員養成の在り方と比較して、中野さんからはどんな風に見えているのか教えていただけますか。

中野 先ほどお話ししたように、大学での研究成果が教育現場に十分に伝わっていないのが、全国の教員養成系大学の実情です。大学と附属学校で実践したさまざまな取り組みの成果を、教育委員会と連携して学校や教員に伝えていくことが大切です。また、教育現場のさまざまな生の情報を把握できれば、大学での研究や附属学校での実践的な授業の質も向上するでしょう。
 学長に紹介いただいた計画が実現すると、こうしたサイクルを整えられるのではないでしょうか。ぜひ、実現していただければと思います。

教員をめざす人への メッセージ

栗林 最後になりましたが日本あるいは世界の子どもたちのために教員をめざす高校生・大学生に向けてメッセージをいただければと思います。よろしくお願いいたします。

中野 月並みな意見ですが、高校生や大学生の間に、今まで経験していない〝社会〞を少しでも多く、経験してほしいと思います。企業の現場を知ったり、海外の文化を知ったりすることも有意義でしょう。カリキュラムや制度を整えるなどして、こうした経験を後押しできる教育の場になると素晴らしいと思います。あと一つ、世の中は驚くほどの速さで変わっていくということも、経験の中で実感してほしいです。今の世の中の仕組みがずっと続くわけではないと実感することは、自分の将来について考える際に役立つはずです。
 今日、こうした機会をいただいて、最後に学長に伺ってみたいことがあります。教員採用の人数は時代によって大きな波があります。大学卒業時に採用枠が少なかった世代には、優秀だったのに希望する教員になれなかったという人がたくさんいます。教員採用の枠が広くなった時に、こういう人がそれまでの社会経験を生かして、教育現場に入る仕組みを作ることはできないものでしょうか。現実には難しい点も多くあるでしょうが、こうした人が増えれば、社会と教育現場との連携も進めやすくなると思います。

栗林 私は教員免許の国家資格化を文部科学省でも強く主張しており、教育大学協会でのワーキングでも検討されていて近々報告書が提出されることになっています。今後人口減が進む日本において必要になるより丁寧な教育、つまり教育の高度化は国の基本方針なのですから、教員免許の国家資格化は必要なことと考えるわけです。
 一方で本学は特別免許状取得の推進をめざした働きかけも行っています。教員免許を持たない人でも一定の教科や必要性に応じて柔軟に特別免許を出せるような仕組みです。中野さんがおっしゃる通り、今必要とされる学校と社会をつなげる学びの部分を担い、学校現場で不足する部分を補うなど今の学校での課題のいくつかを解決に結びつけることができる重要なポイントだと思っています。

中野 企業での勤務を経験してから教員になったり、教員が途中で何年間か企業で働いたりといった形が広がると、企業と教育現場の双方にメリットが生まれるのではないでしょうか。

栗林 私もそうだと思っています。多様な要素に満ちている組織というのは強いですから。最後にいいご意見をいただいたと思っています。今後も一層これらの取り組みを進めていけたらと思っています。本日はどうもありがとうございました。

握手をかわす栗林学長と中野編集長

(2019年11月取材)
※掲載内容はすべて取材当時のものです。

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