学長対談「日本の未来をつくる」

複雑化する社会に対応するために、今、教育に何ができるのか?
大阪の教育界のトップである、大阪府・大阪市・堺市の教育長が集い、栗林学長とともに教育の現状と展望について、語り合いました。

栗林 澄夫
大阪教育大学長

【略歴】 富山大学文理学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了、文学修士。研究分野はドイツ近現代文学。平成16年4月から国立大学法人大阪教育大学理事・副学長、平成26年4月から学長に就任。昭和23年生まれ、67歳。

石井 雅彦
堺市教育長

【略歴】
金沢大学教育学部卒。堺市立福泉中央小学校教頭、堺市教育委員会事務局学校教育部学校指導課長、同局教育次長、同局教員採用・育成マネージャーを経て現職。昭和28年生まれ、63歳。

山本 晋次
大阪市教育長

【略歴】
愛媛大学法文学部卒。大阪市市民局市民部長、情報公開室協働まちづくり室長、市政改革室理事を経て現職。昭和32年生まれ、59歳。

向井 正博
大阪府教育長

【略歴】
中央大学法学部卒。大阪府教育委員会事務局教育次長、大阪府東京事務所長、大阪府商工労働部労働政策監等大阪府教育委員会及び大阪府庁の要職を経て現職。昭和29年生まれ、62歳。

2017年の抱負と課題

栗林大阪教育大学長

栗林 大阪教育大学では、2017年度から新しい組織をスタートさせます。特に、幼小、小中、中高の学校間接続の問題、教育の実践性の問題、チーム学校に対応できる人材の育成などに重点を置いて組織改革を行いました。これからその改革の中身が問われることになりますが、教育長である皆さんの、ひいては教育委員会と学校現場のニーズに沿うものであることが重要です。そこでまずは、皆さんの今年の抱負、あるいは重視する課題をお聞かせいただけますでしょうか。

向井 当然のことではありますが、第一には優秀な教員を1人でも多く確保することが必要です。次に、学校現場の課題に関しては、校内暴力の減少に向けた取り組みをさらに推し進めたい。そして学力です。全国学力・学習状況調査において、中学校は全国との差がかなり縮まってきていますが、小学校は横ばいの状況が続いています。次回はもっと結果を向上させられるよう、力をいれていきます。

山本 大阪市の場合は、現市長が「貧困」の問題を政策の中心に置いています。中でも、所得の少ない家庭の子どもが大人になっても低所得状態にあるという、いわゆる貧困の連鎖を断ち切るのに必要なのは何よりも「教育」であり、まずは基礎学力を向上させることが重要です。大阪市には、学力面で大きな課題を抱える学校があります。これまでの教育委員会の施策を、各校の実情にあわせてもっとメリハリの利いたものに変えなければなりません。また、家でほとんど勉強をしない子どもの割合が非常に高いので、家庭での学習習慣を身に付けさせる取り組みも同時に進める必要があります。

石井 堺市は、単独採用を開始して以来、毎年200人以上の教員を採用しており、教員の年齢構成が大幅に若返りました。皆、非常に意欲に溢れていますが、経験不足、指導力不足の点があることは否めませんので、学習指導を中心に若い教員の資質向上に力をいれていきます。また、堺市でも、子どもの学力向上に繋げるため、授業改革、家庭学習習慣の確立、学力低位層への手厚い対応を行いたいと考えています。授業改革については、学習指導要領の改訂で議論されている「主体的・対話的で深い学び」を、日々の授業に取り入れていくということです。また、山本教育長もおっしゃったように、家庭学習習慣も重要です。義務教育期間のうちに、家での様々な誘惑の中で勉強する習慣をつけることが、その後の高校中退という課題にも応えることになるのではないでしょうか。学力低位層への対応については、貧困の問題とも関連が深いので、手厚く対応していきたいと考えています。

次期学習指導要領にむけて

栗林 石井教育長のお話にも出ましたが、2020年に学習指導要領が改訂されます。皆さんはどのように受け止めていますか。

山本大阪市教育長

石井 今回の改訂では、幼小中高のそれぞれの段階ごとに課題が明記され、審議されています。その中で、堺市では特に小学校での英語教育、中学校では部活動への対応が課題だと思っています。小学校英語については、3〜4年生で年間35時間、5〜6年生で同70時間という学習時間をどう確保するのか。加えて今の小学校教員は、英語の指導方法を学んできていないため、子どもに教える以前に教員自身が学ばなければならないという課題もあります。中学校の部活動については、教員の長時間労働という視点だけでなく、スポーツ医科学の視点からも検証する必要があります。また生徒のほうも、土日もずっと部活をやることに負担を感じてきている現状があります。

栗林 小学校英語もそうですが、今回の改訂では、知識を受け入れるだけではなく、それを運用していく力を育成するという点が特徴です。子どもたち自身が主体的に学ぶ、アクティブラーニングと言われる学習が必要とされています。

山本 学校現場からは、英語教育を充実するのはいいが、ならば今のカリキュラムでどのように時間を確保していくのか、という率直な声も出ています。今、大阪市内の中学校では、授業のはじめの10分程度を使って行う基礎学習の徹底や、英語のネイティブの方とのティームティーチングなどにより、英検3級の到達率が目に見えてあがりました。ボリューム感が薄くても、継続していくことが大事なのではないでしょうか。

社会の多様化に応えるために

栗林 特に東京・大阪のような大都市圏で顕著ですが、社会の多様化を反映し、教育現場にも様々な課題が出てきています。学校には、これまでとは違うサポートや対応が求められています。

向井 2016年度から、特に校内暴力の多い小学校50校を指定して予算をつけ、スクールカウンセラー(SC)やスクールソーシャルワーカー(SSW)、地域人材などを配置し、チーム学校としての対応をスタートさせました。しかし、そうした人材を雇うのは、国からの予算が少しはあるものの、大半は都道府県からの支出となり、すべての学校に広げるのは困難です。SCやSSWを教員と同じように定数化すれば、チーム学校という仕組みはもっと早く確立していくのではないでしょうか。また、中学・高校の学級定員は40人ですが、これを学校によってある程度弾力的に運営できるようにしていくことも必要ではないかと思います。極端な話、一人ひとりに目を配るために、30人学級にするのもいいかもしれない。そういう柔軟な考え方ができれば、学校や地域の実情に合わせた手厚い教育ができるのではないかと思います。

山本 大阪市では、2019年4月の開校を目指して、国際的な教育プログラムである国際バカロレアを取り入れた教育実践を行う中高一貫校の設置を進めています。国際社会でリーダーシップをとって活躍する人材を輩出することが大きな目的ですが、別の狙いは、この学校を卒業した人に教育の世界に入ってもらい、先生を教える先生になってもらうことです。大阪市内では、外国の児童・生徒が増えており、彼らが授業についていけず孤立する可能性が常にあります。そういう子どもたちに授業の端緒を、簡単にでもいいので英語などでケアしてあげられれば、ギャップはかなり減らせるのではないでしょうか。グローバル化への具体的な対応という意味で、教える内容だけでなく、それを伝える先生をどう育てるかということも大きな課題だと認識しています。

大学人材を活用したサポート

向井大阪府教育長

栗林 少子化とニーズの多様化が同時に進行している状況の中で、国ももちろん対応を考えるとは思いますが、それを待っていられないのが現状です。これをカバーしていくために、大学の人材を用いた教育力のサポートという点で、どのような可能性が考えられるでしょうか。

山本 小・中学校での子どもたちの支援に、大学生に参画していただきたいと考えています。基礎学力をつけさせるだけでなく、生活態度の改善、社会性の形成など、子どもを総合的に支え、育てていくためには、在学中から学校現場と関わって実務を経験し、力を蓄えた上で教員になっていただくことが必要だと思います。学生が、自身の課題は何か、それにどう取り組んでいくのか、しっかりと向き合ったうえで教員になることで、厳しい教育の世界の一員として立つことができるのではないでしょうか。各自治体や教育委員会は、そのために何ができるのかを考えなければなりません。大阪市としても大学連携の窓口を設置し、大教大をはじめ各大学との連携を機能的に進めていけるようにする必要があると感じています。

栗林 学校や教育委員会で、教員を志望する学生に向けたインターンシップが盛んに行われています。堺市ではどのような活動がありますか。

石井 学校現場と関わる取り組みとしては、堺市で教員になることを志望する大学生や社会人を対象に講義や実習を行う「堺・教師ゆめ塾」や、放課後学習指導や授業の補助などをする「堺・スクールサポーター」制度などがあります。学生時代からこうした活動に参加し、意欲をもって学んでいる方は、採用されると即戦力として力を発揮してくれる傾向にあります。学校生活中心という学生よりも、意欲の面でも実態を知るという面でもプラスになっていると思います。教員養成については、教育大学での4年間の学びと、それ以降の学校現場、、教育委員会、教育センターなどでの学びを区切るのではなく、互いに壁をなくして、もっと協力を進められないかと思うのです。例えば、理科の研究校に、大学の先生と学生が一緒に来て、大学の先生が学校を指導し、学生は研究に協力しながら学んでいく、というようなことができないかと考えています。他にも、大教大の先生に、大学で育成した人材がその後どう育っているのか見てもらい、その上でどのような研修をしたら良いのか、教育センターの育成カリキュラムに参画してもらうというのも良いのではないでしょうか。これは堺市だけでなく、大阪府や大阪市ともぜひ一緒に取り組んでいきたい。

生涯を通じた教員の学び

栗林 石井教育長から教員になった後の学びについてお話がでましたが、教員の生涯を通じた学びが必要だと言われています。先生方が意欲を持って取り組めるような、学習や研修の在り方についてどうお考えでしょうか。

石井堺市教育長

向井 教員は授業期間中、特に平日は学校を離れられないため、研修参加が難しいのが実情です。そうすると結局、土日や夏季休暇などにやらざるを得ず、休みがなくなり負担になってしまいます。普段の業務の中で研修ができるような仕組みを考えていく必要があると思います。

山本 現在大阪市がまとめている教育振興基本計画の基本的な目標の中に、「未来に向けて生き抜く子どもであってほしい」という内容があります。そんな子どもを育てる新しい教師像を描き、育成していくための指針を、2017年度中に整備する予定です。それを踏まえて研修体系の在り方や人事給与任用制度などを総合的に議論し、2018年度から新しい制度をスタートさせたいと考えています。

石井 堺市は、2016年度からの5年間における教育振興基本計画を策定しており、その中で教員に求める資質として第一に「情熱」を挙げています。やる気や主体性を持っている人は育ちます。いい教師になりたいという情熱を育むために、実践的な研修に重点を置いています。例えば中学校の研修では、定期テストの問題作成に焦点をあてます。定期テストというのは、子どもがどれだけ力をつけているかを測るものですが、逆に言えば、子どもにどんな力をつけさせたいかということに直結しているのです。座学だけでなく、こういった体験的な研修を重視しています。

大阪教育大学への期待

栗林 大都市で本学のような教員養成大学と教育委員会が本当に手を携えて仕事をしている所を、私は他に知りません。今後も皆さんとの連携を深め、学校教育に新しい風を吹き込み、大阪モデルとして新しい教育基盤を作っていきたいと考えています。そのために、大阪教育大学にこうあって欲しいという期待や提言などはありますでしょうか。

向井 抽象的な言い方になりますが、コミュニケーション能力があって、決断ができ、情熱があり、ポジティブな人を育ててほしい。教員採用試験で、そうした部分をできる限りしっかりと見てはいますが、2年、3年と経って、この人教員として大丈夫か、と思ってしまうような人もいます。大教大出身なら大丈夫だと安心できる、そんな人材育成をしていただければと思います。

山本 大教大同様、大阪市も様々な先駆的取り組みを進めていきたいと考えています。ただ、やる気や技能という点では問題ないのですが、どうやって進めていくのかという道筋を考えるシンクタンクの役割をする機関がありません。現状では新たに組織を作るのは難しいので、大学との連携、とりわけ大教大との連携の中で、大阪市教育委員会が今後進むべき道筋を一緒に考えていただけたらと思っています。大教大に、大阪市の教育のシンクタンクのような役割を期待しています。また、率直な気持ちとして、できるだけ学生の方に教員として大阪市に戻ってきていただけたらと思います。大阪市の学校現場を支える中核は、やはり地域の代表的な教員養成学校である大教大に担っていただきたいという思いがあります。できる限り連携強化をはかり、大阪市の学校教育の中で、大教大との関わりの深さというものを皆がもう一度認識できるように努めていきたいと思います。

石井 大教大の先生には、各学校の研究に関わっていただいていますが、大教大出身の校長が在籍する学校はまだしも、つながりのない学校だと、大教大と連携することは結構ハードルが高い。そこで私は、退職した校長や学校教員などに、学校現場と大学をつなぐ窓口になってもらうような仕組みを提案したいと思います。学校現場がこんなことで困っている、こんなことを支援してほしい、という要望を伝えたら、それなら大教大ではこんな支援ができるよと、関係する先生や部局に繋いでくれる。逆に、大学生がこんな勉強をしたいと相談したら、この理科の研究校に行って勉強してみては、と教えてくれる。そうやって、お互いの経験や長所を活かせたら良いのではないでしょうか。

栗林 ありがとうございました。
最後に私からも一言述べさせていただきたいと思います。私には、大阪を教育の世界でトップランナーにしたいという希望があります。大阪はその資格もあるし、力もあるはずだと信じています。社会構造の二極化や多様化といった難しい面はありますが、そこを皆さんとの協力で乗り切ることができれば、これからの日本の在り方を決めるような新しい教育モデルを作っていける可能性があります。大阪教育大学は、組織改革を行いましたし、教員養成の高度化に向けても取り組みを進めています。是非、これからも連携を密にして、お互い協力しあえたらと思います。

撮影に応じる対談参加者の皆さん

(2017年1月取材)
※掲載内容はすべて取材当時のものです。

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