学長対談「子どもたちの未来のために」

「低迷していた全日本女子チームを アテネ、北京の2つのオリンピックへ導き、 全日本女子バレー復活請負人と呼ばれた柳本晶一氏。 監督時代に培った選手への指導法や 日本のスポーツ界が直面する課題について、 栗林澄夫学長が伺いました。

栗林 澄夫
大阪教育大学長

【略歴】

富山大学文理学部卒、 大阪大学大学院文学研究科 修士課程修了、文学修士。 大阪教育大学理事・ 副学長を経て現職。 昭和23年生まれ、70歳。

柳本 晶一
アテネ、北京オリンピック バレーボール全日本女子チーム監督 / 一般社団法人アスリートネットワーク理事長

【略歴】
大阪商業大学附属高等学校卒、全日本女子バレー代表監督として、平成16年5月開催のアテネオリンピック世界最終予選では 開幕6連勝を果たして2大会振りの出場権を獲得。同年8月開催のアテネオリンピックでは5位、さらに4年後の北京オリンピックでも 5位の成績を残すなど、全日本女子バレー復活に貢献した。平成22年には関西を拠点に五輪出場経験者らとともに 「一般社団法人アスリートネットワーク」を立ち上げ、トップアスリートの経験と感動を次世代に伝え、 スポーツの価値向上と将来の日本の希望を育む様々な活動を進めている。平成25年には、大阪市立桜宮高等学校の スポーツ指導刷新のために「桜宮高等学校改革担当」に就任し、専門的な見地から助言・指導にあたった。 昭和26年生まれ、67歳。

東京オリンピック・ パラリンピックを契機として

対談中の栗林学長

栗林 2020年の東京オリンピック・パラリンピックを迎えて、日本では若者が様々なスポーツの種目で活躍しています。さらに、大阪万博が2025年に開催することが決定するなど、日本の発展が期待できるビックイベントが続きます。

柳本 ラグビーワールドカップ2019日本大会、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会、ワールドマスターズゲームズ2021関西と、大規模な国際スポーツ大会が日本で連続して開催されますが、我々はこれを「ゴールデン・スポーツイヤーズ」と呼んでいます。
 スポーツには「する、観る、支える」など様々な関わり方がありますが、スポーツの価値を発信することにより、スポーツに携わる人々のすそ野を拡大していくことは重要だと思います。私はオリンピックで選手、そして監督として、メダルに目標を定めて全力で戦いましたが、一生懸命努力したからといって必ず成果が出るとは限らない。そんな世界だからこそ価値があるのではないでしょうか。

栗林 成果が出ない時期を乗り越えて、目標や希望をもって取り組む姿勢がピュアな姿として感動を与えるのでしょうね。現在のオリンピックは、国や競技団体の威信をかけてプレーする側面もありますが、元々は選手が「好き」とか「挑戦する」といった純粋な気持ちで競技に取り組むことが動機だったのだと思います。我々が携わっている教育の分野では、目標や希望をもって取り組む学生をどのようにサポートしていくのかが課題になっています。

柳本 選手が自主的に何かにチャンレンジして壁にぶつかった時に知恵をしぼり、挫折してもまた這い上がっていく術を学ぶことは、バレーボールでも有効な一つのツールといえます。指導者が選手に寄り添ってサポート活動を行う、つまりプレイヤーズファーストでなければなりません。選手時代に経験してきたメンタルの部分を教え込む指導者は多くいますが、これは明らかに間違った指導法です。
 私は監督を約 30 年間務めましたが、「下手は絶対下手で終わることはない」という信念で指導してきました。子どもの伸びるスピードは十人十色で異なりますが、諦めずにトライすれば能力は必ず伸びます。指導者として必要なことは、選手が達成した瞬間を見逃さずに「できた、それだ!」と声を掛けて、その瞬間にケジメをつけてやることです。「今回できたから、次はこれができるよ」とか、不確定なことを言ってはいけません。私が現場にいた時は、選手が達成した瞬間を見逃したくなかったので、 30 年間ベンチに一度も座ったことはありませんでした。指導者が見逃した瞬間というのは、その子にとって一生に一回の瞬間なのです。現場ではそれぐらい、子どものことを真剣にみなければ伸びない。それができなかったら、指導者が仕事を半分放棄しているのと同じです。

栗林 グローバル化や少子高齢化など社会は急激に変化しています。その中で教育現場ではいじめ、不登校、人権といった問題が噴出していますが、時代の変化に応じた改革が遅れています。スポーツの最先端の場で長い間ご活躍されていますが、スポーツの分野では時代の変化に応じた改革は進んでいますか。

対談中の柳本監督

柳本 昔から中学や高校の部活動顧問は、スポーツに情熱を燃やして指導にあたることにより、優秀な選手をたくさん育て上げてきましたが、一方で部活動は顧問のプライベートの犠牲により成り立っているという側面もあります。部活動顧問にすべてを委ねるのではなく、子どもの様子に異変があるのか家庭でも見逃さないようチェックする必要があります。スポーツの世界ではこういった指導体制が変わらずに現在に至っていので、このあたりをしっかり考えなければなりません。東京オリンピック・パラリンピックを契機に、スポーツ界の様々な問題を精査して、改革に着手していく必要があります。

栗林 東京オリンピック・パラリンピックを契機としたスポーツ界の改革が新しい局面を生み出し、他の業界に波及していければ、我が国にとっても素晴らしいことですね。教育界でも、改革を推進していかなければなりません。世界に目を向けますと、戦後は政治的には旧ソビエトとアメリカを中心とする冷戦時代が長く続きました。2大勢力の均衡により世界経済は発展しましたが、多くの国は安定した世界情勢をみながら、この間に教育改革を行いました。私は学長に就任してから5年目を迎えますが、学校間接続の認識を持って対応できる教員の育成を念頭に、平成 27 年4月に私立大学との連合教職大学院を設置し、さらに平成 29 年4月に学部改組を行いました。諸外国における教育改革の時期と比べると遅いといえますが、漸く日本の先頭を走る改革の段階に至ってきたと感じています。

トップアスリートの セカンドキャリア構築

栗林 現在、一般社団法人アスリートネットワークの理事長として、様々な活動を通してスポーツの魅力を発信されています。

対談中の柳本監督2

柳本 アスリートネットワークを設立した背景として、日本ではトップアスリートのセカンドキャリア支援が大幅に遅れている点が挙げられます。選手はオリンピック後に目標を見失ってしまうと、真っ白に燃え尽きてしまいます。1年〜2年と必ず波はきますが、その間に世間から忘れられて、さらに自信も失ってしまうのです。そこで私は、各競技団体の縦割りだった垣根を取り払い、競技種目を超えてトップアスリートが集うアスリートネットワークを設立しました。選手自らが成長の過程で得た経験を子どもたちに伝えること、セカンドキャリアの構築がその目的になります。
 発足当初から、団体の趣旨に賛同した主体性のある選手が何十人と集まりましたので、充実したイベントを運営することができましたが、その時に私は、3つの自「自信、自律、自立」を大事にしようと言いました。忘れていた自信を取り戻し、自分の力で困難を乗り越える努力をして、自立していくということです。

栗林 仕組みを変えていくためには、垣根を取り払うことが必要ということですね。

柳本 過去の負の遺産も含めて、仕組みを見直していくことが必要です。既成概念や慣習にとらわれることなく、垣根を取り払うことで、異なる個性がそれぞれ補完して新しい価値を生み出していける可能性があることに気づくべきです。

指導者としての心得

栗林 人材育成は課題も多く、改めて難しいことを痛感しています。指導者としての心得をご教示いただけますか。

柳本 教師を目指している人は教員免許を取得した時が、一番輝いている時期だと思います。でも、本当に重要なのは免許を取得した後になります。これまで培ってきた経験や知識を子どもに教える時には「私は教員になってこういうことをしたい」という志を持ってほしいと思います。成功する人は、何があっても最後まで諦めません。最初から成功することを考えているので、挫折したとしても「これは成功するための壁だ」と前向きにとらえ、諦めないでやり抜いて成功します。一方、最初から「こんなミスをしたらどうしよう」と考えてしまうと、挫折した時に「最初思っていたとおりだ」と執念が続かなくて成功しません。
 それから指導者は、絶え間なく自分磨きを行うことが必要です。私は 28 歳で新日鐵の監督に就任しましたが、最初はどのように指揮すればよいのか全く分かりませんでした。当時、新日鐵の東京本社の関係者にラウンジに連れて行っていただいたのですが、そこで読売巨人軍の監督と同席することになりました「。こちらは柳本という者ですけれども、これから新日鐵の屋台骨を支えていく男なので、監督、どうかアドバイスしてやってください」とね。すると、私の前に座っていた巨人の監督は2回頷いた後「土をいじりなさい」と助言くださいましたので、自宅のベランダで盆栽を始めました。監督は孤独ですから、家族に言えないこともあります。盆栽の世話で土や水をいじっていると不思議とストレスが発散されるので、良いリフレッシュ方法を教えてもらったと今では感謝しています。扱っているのは植物ですから、日ごろから丹精込めて目をかけたとしても、時期が来なければ花は咲きません。その時期が来るまで辛抱するからこそ、咲いた花が美しくみえて、感動を与える。人を育てることと共通していますね。でも、マニュアルどおりにやれば、立派に育つというわけではありません。盆栽でいえば、木が水を欲しがる瞬間に適量の水を与えると、100%吸い上げてくれます。水を欲しがる時期は、木によって3日目、5日目、 10 日目とそれぞれ異なりますので、水を与える時期が遅ければ枯れますし、早すぎると 95 %しか吸わないクセがついてしまいます。 30 年ほど監督をやらせていただきましたが、経験を積めば積むほど、もっと選手の能力を伸ばすことができたのではないかと反省しています。指導者は選手の成長速度を見極めるためにも、常に真剣勝負で選手と向き合わなければいけないことを、盆栽を通じて教えられましたね。

栗林 人材育成の極意を教えていただいたような気がします。適切な時期に適切なアドバイスがあってこそ、初めて人は育っていくのですね。

柳本 人はそれぞれ個性が違いますからね。毎日練習していると、指導者も人間ですから、この選手ならやってくれるだろうと情も湧きます。でも、指導者は選手を信頼してもよいのですが、絶対に信用してはいけません。バレーに例えていうと、バレーボールはミスのスポーツと言われています。ミスが多くても勝つことがあるし、逆に完璧に近いバレーをして負けることもあります。勝った瞬間、選手とスタッフは抱き合って喜びますが、負けたら必ず指導者が責任を負わなければなりません。指導者はその時に敗因を受け止めて、次の方向性を出すのはもちろんのこと、ある時は背中を押してあげることが大事だと思います。バレーボールは団体競技の代表のように言われますが、勝つという目標を持った時には、個人競技の側面が非常に強いです。コートに立つ6人には、「上げる、打つ、拾う」とそれぞれに役割を与えますが、その役割を一切妥協せずにきちっと仕事をすれば結果的に勝利につながります。その時にできたチームワークが、真のチームワークになるのです。日本人は「カバーする」ことを美徳としますが、各選手が役割を100%果たしていない状況を放置しておくと、大事なところでミスに繋がってしまいます。

全日本女子バレーボール監督 としての経験

栗林 学校現場では学級崩壊を起こさないためにも、教師にはクラスにおけるマネジメント能力の向上が求められております。グループを上手にまとめるヒントがあれば教えていただけますか。

柳本 私が全日本女子バレーボール監督に就任する前までは、全日本は日本のナンバー1チームのメンバーが招集されていました。そこにメスを入れて、チームの成績ではなく個々に能力が高い選手を集めるために完全選抜制にしました。具体的には、センターの吉原知子、セッターの竹下佳江、ウイングスパイカーの高橋みゆきの3人です。この3人とも、個性は強いのですが、挫折を経験していました。我々の世界は4年に1回のスパンで強化しますから、オリンピックの出場を1回逃すと、ミスを取り返すのに8年かかります。そういう意味では、チームの中心に挫折や勝負の怖さを知っている人間が必要だったのです。吉原は練習でも率先して若手を引っ張ってくれましたが真っすぐに突き進むタイプだったので、補佐役に竹下を入れて、さらに性格に幅のある高橋を入れました。私は男子も女子も監督を経験しましたが、男子と女子の世界では指導方法はまったく違います。

栗林 女子の指導では、どういった特色があるのですか。

柳本 女性の集団には目に見えない序列が存在します。チームをうまくまとめるには、個性の異なる2トップで引っ張っていけば、大概うまくいくと思います。私は壁を乗り越えてもらうために、選手に限界を超えた要求をしましたが、1人だと不平不満を言ってやめて終わりです。でも、2人だと文句を言いながらも、お互いを意識して壁を乗り越えようとしてくれるのです。女子の監督就任当初は、その辺りがわからなくて苦しみましたね。女子の監督をして、色々勉強になりました。

教師を目指す学生へのメッセージ

栗林 最後に、本学の学生に向けてメッセージをお願いします。

柳本 2012年に大阪市立桜宮高等学校で顧問に体罰を受け生徒が自殺した事件が起こりましたが、私はスポーツ指導刷新のために同校の改革に携わりました。当時の桜宮高校は、校内のガラスが割られたり、生徒の自転車がパンクさせられたりと、風紀が乱れていました。私はその時に、生徒に2つのことを伝えました。1つは、生徒たちにとって桜宮高校は卒業してからも故郷になるわけですから、「誇りを持ちなさい」と言いました。そしてもう1つは、「金メダルを目指しなさい」と言いました。高校時代に、切磋琢磨して得た知識や経験は次のステージに進んだ際に必ず活かされるものだと思います。限られた高校生活を全力投球し、全員が幸せという金メダリストになってほしいと願いを込めて言いました。大阪教育大学の学生も、誇りと志をもって教壇に立ち、人生の金メダリストを多く育てていってほしいと思います。

栗林 ありがとうございました。
 これまで教員養成大学は、教科による専門的知識の習得に重点を置いてきましたが、現在の役割や使命は大きく変わってきていると思います。教師には、学級をマネジメントするだけでなく、いじめや不登校の問題に対応していくために生徒の個性を見極めていく能力が求められています。先生の話をお伺いして、我々も教員を育成していく中で、同じような課題を克服していく必要があると実感しました。希望をもって、今後も学生の育成に取り組んでいきたいと思います。

握手を交わして撮影に応じる栗林学長と柳本監督

(2018年12月取材)
※掲載内容はすべて取材当時のものです。

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