学長対談「先端技術を活用した新たな学びの実現」

「先端技術を活用した新たな学び」の実現が求められる中、GIGAスクール構想の前倒しにより児童生徒一人一台端末の整備が2021年度から実現することとなりました。今後、指導者用デジタル教科書とともに学習者用デジタル教科書を広く活用することが予想される中、教員養成段階でICTを活用した授業を実践することが求められるなど、教員のICT活用指導力を向上させることが重要となっています。児童生徒一人一台端末が整備された後、「どのような学びが実現するのか、また、教員養成の在り方はどう変わるのか」、大阪教育大学の栗林学長と東京書籍株式会社の川瀬顧問が対談しました。

※本対談は2020年12月15日、柏原キャンパス附属図書館「東京書籍Edu Studio」において執り行われました。なお、対談はパーティションを隔てて行い、写真撮影時のみ一時的にパーティションを取り払っております。

栗林 澄夫
大阪教育大学長

【略歴】

富山大学文理学部卒、大阪大学大学院文学研究科修士課程修了、文学修士。大阪教育大学理事・副学長を経て現職。昭和23年生まれ、72歳。

川瀬 徹
東京書籍株式会社 顧問

【略歴】
1981年に東京書籍株式会社に入社。 主にICT事業に関わり、ICT事業本部 第一営業部 部長、取締役 教育文化局次長などを経て現職。一般社団法人日本教育情報化振興会(JAPET&CEC)の常任理事、公益財団法人学習情報研究センターの理事、日本視聴覚教具連合会の理事としても活動。昭和32年生まれ、63歳。

ネーミングライツに関する協定の締結と東京書籍Edu Studio の設置について

対談を行う栗林学長の写真

栗林 東京書籍株式会社様には、2020年4月に本学と包括連携協定を締結、続けて9月にネーミングライツに関する協定を締結し、本学の附属図書館に「東京書籍Edu Studio」を設置していただきました。このEdu Studio には、自由に利用できる「デジタル教科書体験コーナー」や「教科書ライブラリー」が設置されているわけですが、この取組の理念についてどのように考えていらっしゃるかお教えください。
 また、2018年に、紙媒体の教科書に加えてデジタル教科書の併用を認める法改正が行われましたが、この点について、今回のネーミングライツに関する協定の締結をきっかけに、どのような取組を進めていこうとしているか、この件についてもお聞かせください。

川瀬 法改正の趣旨である学校現場でのデジタル教科書の導入にあたって、文部科学省は2019年12月頃に一人一台端末の構想を打ち出して、2020年に入ってから新型コロナウイルス感染症の流行による学校の閉鎖で、オンラインでの授業が実施できる環境が必要となり、PC等の情報端末や校内LANの整備を進める「GIGAスクール構想」が一気に前倒しされました。
 じゃあ、次は何が必要とされるかを考えた時に、我々のデジタル教科書だろうと考えました。そんな折に貴学と包括連携及びネーミングライツに関する協定を締結しましたので、学生さんが教育実習に行かれた時や教員になった際に困らないようにデジタル教科書に慣れてくれたらと思い、体験できるライセンスと設備を提供したいと考えました。それが「東京書籍Edu Studio」です。

児童一人一台端末が整備された後の教育及び教員養成の在り方とは

栗林 おっしゃられたように、児童一人一台端末の環境が整った後、次のステップとしてデジタル教科書をどのように活用するのかという話に移ってくると思います。さらに、それらをどう使って、学習内容をどのように組み立てていったらいいのか、これは教員の課題でもあろうかと思います。それらの課題解決に向けて、今後どのように進んでいくのが望ましいのか。もちろん、国と大学が一体的に進むことは本来のめざすところですが、現実に今、情報端末と校内LANが先に提供されたという中で、教員養成の役割をどう考えればいいのか。それから日本における教科書発行のリーディングカンパニーである東京書籍としては、今後の展開についてどのようにお考えなのか教えていただけますか。

モニターに映し出した資料を使って説明する川瀬顧問

川瀬 ご指摘の点は非常に大きな課題だと、我々も思っています。学習者用デジタル教科書の前には、指導者用のデジタル教科書がありました。この指導者用のデジタル教科書は、先生のコントロール下にありましたので、特に授業での取り扱いが難しくありませんでした。しかし次は、子どもの方の情報端末にデジタル教科書が入ってきます。また、文部科学省も主体的・対話的で深い学びを重要視しており、主体的・対話的で深い学びとは、子どもが主体的に学ぶ授業に変わっていくことだと思います。そうすると、先生がいわゆる「教える」というよりも、その子が学んでいくのをうまくサポートすることにより、自主的に学ぶ中で、迷いや疑問が出てきたときに先生がうまく導いてあげる、そういう「ファシリテーター」のような役割になってくるのだろうと思います。そうならないと、子どもたちが学習を自ら進めていくことができないし、それらの学習形態を認めるように先生方の意識改革も進めていく必要があるかと思います。

栗林 今ご指摘いただいた点は非常に重要で、主体的・対話的で深い学びを実現するために、教員の役割や学習形態の転換期に直面しているのだと思います。デジタル教科書は便利で、しかもその視認性の面から言えば、理解も促進してくれる側面があるかと思います。そのデジタル教科書を、子どもが考える力を自ら身につけていくための道具として考えた場合には、どういう特徴があると言えるでしょうか。

川瀬 学習者用デジタル教科書になると、子どもが勝手に使い出す可能性もあるので、ある程度親切に作る必要があります。また、知識としては教えたけど、子どもの身についていないと困るので、学習内容を習得するためのドリル演習のようなものも用意しなくてはいけません。そういう点では、学習者用と指導者用のデジタル教科書の作り方も違うし、子どもが深く考え、この問題はこの先どうなるのかと気になったとき、その説明が後から出てくるとか、発展的な教材が出てくれるとか、子どもの要求に対して応えられるようにする必要があるかなと思います。

デジタル社会における教育について

対談を行う川瀬顧問

栗林 これまでお話しいただいたデジタル教科書を始め、あらゆるICT活用を軸とするデジタル社会の中で、先ほど学習形態が変わっていくというご指摘がありましたが、同様に学習することの意味がこれまでとは違ってくるというようなことが言われ始めています。また、その中でどういうことに力点を置き、これからの時代を生きていくのかということも指摘されるようにもなっていると思います。教材のデジタル化を専門で扱ってこられた立場から、これからの世の中をどのように見ておられるのか、教えていただけますでしょうか。

川瀬 まず、学習というか、授業のスタイルが、以前は先生が知識の伝達をして、子どもは知識を習得するという形が多かったと思いますし、大学入試もその延長線上で、どれだけの知識があるかを確認する、という形態が大半を占めていました。ところが、徐々に知識と知識を結びつけて、関連付けがうまくできるかなど、そういう能力を問われ始めていると思います。分からないことはパソコンを開いて調べれば大抵のことは全部分かりますから、単なる暗記はもう逆にパソコンに任せてしまって、知識をただ入れるのではなく、課題の解決方法をどうしたらいいのかとかですね、そちらの方に力を入れる必要があると思います。
 それから、紙からデジタルにしたメリットは、まだ実現はできていませんが、子どもの考えが紙であれば、それはアナログですから逐一見る必要がありますが、デジタルは自然に蓄積される。今、国の方でも教育データの利活用に関する専門家会議が始まっていますが、デジタルのデータを活用し、子どもによって間違えたり躓いたりする箇所が分かるとするなら、次回その子が躓かないようにするためにはどうすればいいかを考えることができる。例えば、小学5年生の算数の「割合」の単元で躓く子どもが多い傾向があります。そこをじゃあどのように教えればいいのか、躓かないようにするためにはどうすればいいのか、そういう学習の履歴をどんどん積み上げていくことによって、先生方が教えるときに、ここはちょっと丁寧に教えなきゃいけないなとか、教える側の先生にもフィードバックできるのです。
 我々は、このデータの利活用が導入されたときに、デジタル教科書に生かして、子どもたちにも先生にもフィードバックしなければいけないと思っています。そのデータを国とか、市町村単位で蓄積して、そのデータをもとに子ども自身が学習の履歴を考察し、躓いた箇所からもう1回見直す、そういうことができるようにするのがデジタルのいいところじゃないかなと思っています。理想はそこですが、もっと言えば、今度はAIによって子どもの苦手に合わせた問題を出すみたいな未来になってくれるのを私は期待しています。

川瀬顧問の話に聞き入る栗林学長

栗林 あらゆる教科や分野における自分自身の学習状況をいつでもチェックできて、足りていない箇所をもう一度積み上げることができることは非常に重要なご指摘だと思います。また、その蓄積が自分自身を体系化していくことに繋がると思います。
 他方、文部科学省において、今まで学校で教えてきた教科・科目の枠にとらわれないような考え方も打ち出しています。今までの教科立ての中でも、違う教科同士を連携して考えることは取り組まれていて、このような見方は今後も拡大する可能性が大いにあると思います。この点について考えをお聞かせください。

川瀬 おっしゃるように、教科という枠組みは、その子にとってみれば与えられただけのもので、大人が勝手に決めたものです。でも、子どもにしてみれば興味のあることが、これが社会科だとか、これが算数だとかなんて思わないわけです。たまたまそれが社会科の分野で、横に行けば算数になって、また横に行けば家庭科になってもいいわけです。それを「カリキュラムマネジメント」だとか、教科を超えたって言い方をしていますが、そのように大人が作った教科という枠組みをそろそろ超えてもいいと思っています。
 また、デジタル化がこれだけ進んでいると、パソコンを使う中で、順序立てて考える、いわゆるプログラミング的思考を使う必要があるということは、やはり社会に出てからも求められる能力になっています。そういった考えを教えることは、数学で教えてもいいですし、別に技術・家庭科とクロスして教えてもいいと思います。だから、必要なものに合わせて指導要領も変わっていいですし教え方も変えていいんです。その時代の流れの中で、今の子どもたちが10年20年経ったときに必要とされるものを学校で教えてあげなければいけない。それに大学も敏感に反応しなくてはいけないし、現場の先生方、教育委員会も反応しなくてはいけないし、それをまた国が制度として、柔軟に対応できるようにしなくてはいけない。そういう時代になっているんじゃないかなと思います。

デジタル社会において教員になる人材に必要な資質について

笑顔で栗林学長の話を聞く川瀬顧問

栗林 今のお話で、本学の学生が今後どのようにデジタル社会に対応していき、そして学校現場で活躍するときに、どのような役割を果たしていけばいいのかということを考えてしまいました。
 本学は、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、2020年3月という早い時期に、 4月からは当面の間オンラインで授業をするしかないだろうと判断しました。その後、教員全員がオンラインで授業を実施できる状況ではなかったので、オンラインでの授業形態に馴染んでもらうためにFDを繰り返し実施し、4月20日からオンライン授業を中心に実施してきました。そんな中で、こういう環境の変化に順応するのは、大学教員よりも若者の学生たちの方が早いことが徐々にわかってきました。例えばMoodle やZoom、Webex、様々なソフトがありますが、このソフトのこの機能を使えばより効率的ですよ、といった提案が学生の方から教員に上がってくる。そういう環境の変化への順応が早い学生たちが、デジタル社会に対応して、より良い深い学びを自ら演出していけるような教員となるには、どのような心構えで社会に対応していったらいいのか。その点について、心構えや基本的な姿勢、あるいは資格、着想などについてご指摘いただけますでしょうか。

川瀬 学長の前で教育論を語れるような立場ではないのですけども、一つ言えるのは、全て教員自らができなくてはいけない、というわけではなく、情報機器に詳しい必要はないのです。学校現場でもよく見るのですが、先生が「わからない」と言えば、「先生任せて」と言ってくれる子がいて、その子がサポートしてくれる。それでいいんですよね。情報機器を使えなくても別にもっと詳しい子がいたらその子に手伝ってもらえばいいし、そこで先生の威厳とか気にする必要もない。さらに、その子自身も自分の存在が認められているって思ってくれればいいわけですから。

栗林 これからの時代には、全ての子どもたちが主体的・対話的で深い学びをめざさないといけないとすれば、子どもによって進め方も対応力にも差がある、でもそれは別に悪いわけではなく、それぞれの子どもが自分なりに主体的・対話的で深い学びができればいいのだと思います。そのためには、個別最適化された教育というものが、これからますます必要になってくるんだろうと思います。そういう力を身につけていくことが求められていると、学生自身が認識しながら学ばなければいけない、そういう時代が来ているということだと思います。

川瀬 先日参観させていただいたある授業を見ていても、「分かったよ」とか、「できたよ」って、すごく嬉しそうにしている子がいて、でも中には悔しがっている子もいて、「僕も発表したかった」「私も」って言っているのを見て、授業が完璧に成功しているのがわかりました。授業中に当てられたくない子どもは一定数いると思いますが、「僕も答えたかった」、「発表したかった」と子どもが言えるような授業を、工夫して実践してもらえればと思います。僕は、ぜひ大阪教育大学の学生さんにそれを期待しますし、そういう授業ができるようにサポートできるのが我々の会社かなと思います。

栗林 今後も一層、本学との包括連携やネーミングライツに関する協定をもとに、色々な取組を一緒に進めていけたらと思っています。本日はどうもありがとうございました。

東京書籍Edu Studioで記念撮影を行う栗林学長と川瀬顧問

(2021年5月取材)
※掲載内容はすべて取材当時のものです。

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